3歳から譜面を見ないでピアノを弾き、ジャズが得意。父親の知り合いが経営するサパークラブで歌って喝采を浴びていたといいます。学校の成績は当然悪く0点を取ることもあったとか、それでも母親は「普通の人は取れん。中途半端でなくていい」と叱らなかったといいます。この母親、彼女が中学生の時三菱重工の株、千株を誕生プレゼントにくれて「家に代えるか消えてなくなるかはあなた次第、好きにすればいい」(豪傑やねェ)彼女が高校生になったときその株を売却そしてアメリカに渡りますがその時母親曰く「食べるものがなければ盗んでもいい。犯されそうになったら抵抗するな。お金を盗られそうになったら抵抗するな」と言って送り出したそうです。一見破天荒のように聞こえますが共通していえるのは「何より命が大事。耳や手がなくなってもいいから生きて帰ってきて欲しい」それを高校生の彼女もちゃんと理解して渡航。現地で結婚までします。ところが亭主のDVに耐えられず生まれて間もない子供と帰国。「とにかく稼がなあかんと。私、結構センセと呼ばれる人に受けるんです、養護学校とか自殺防止センターとかのセンセが"アンタの歌ええわ!”と言うてくれるんです」そして乳癌。抗がん剤で声が出なくなって・・・その頃「癌を売り物にしてる」といわれて落ち込みましたけどそのときも母親が「出る杭は打たれるけど杭も出すぎたら打たれない」と励ましてくれました。そして子供が黒人とのハーフということでいじめられ登校拒否。それでも「本人が行く気になるまで」と4年間じっとただ見守った。彼女はこの7月のコンサートを最後に活動を休止するそうです。3年前、脳梗塞で母親が倒れてからその介護と音楽活動の両立が難しくなったから。介護に専念したい。その母親が一番好きな彼女の曲。やっぱり「テネシーワルツ」綾戸智恵