4か月研修が終わった翌日はマレーシアのコタバル(ケランタン州)でのモバイルユニットに向けて出発の日でした。
10月21日から26日までの開催でした。

私達財団スタッフが10月18日に出発、研修生のミャンマー人は10月19日に帰国予定だったので、研修生が私たち財団スタッフを見送るという、妙にあべこべなスケジュールになってしまいました。



コタバルは、マレーシアのほぼ北端で、数十キロ先がタイ国境という町でした。それでもムスリム色の強い地域で、ペナン島ではあちこちにあった酒屋やバーがまったくというほど見当たりません。そして売っていてもものすごく値段が高いです。


徳教会という、ライオンズクラブのような中国系の慈善団体の招待でのモバイルユニットでした。この徳教会、タイやマレーシアの各地に支部があって、今までペナン島やクアラルンプール、クチンなどで開催していたのをコタバルのメンバーが「東海岸のコタバルでも義足のチャリティをやろう!」と2年前から寄付集めなどに奔走していたそうです。


$義肢財団(超個人的)日記

徳教会が無料で義足を提供、ということを伝える地元の新聞記事



$義肢財団(超個人的)日記

モバイルでの製作風景

$義肢財団(超個人的)日記

マレーシア人の研修生も、モバイルに参加。彼自身が膝義足をはいていて、ソケット作り替えが必要になったため、自分で自分のソケットを製作しました。

$義肢財団(超個人的)日記

こちらが贈呈式のために並べられた義足




その後一か月のインターバルを置いて11月24日から27日まで、チャヤプーム県でのモバイルユニットが開催されました。

こちらも、チャヤプームの徳教会による主催のモバイルユニットです。

チェンマイを午前6時に出発し、途中トイレ休憩やランチタイムをはさみながらゆくこと11時間。到着したのは午後5時でした。


今回は第二陣で来たマレーシア人の研修生も一緒に参加です。


$義肢財団(超個人的)日記

彼女はマレーシアのマラヤ大学の義肢装具学科を今年の6月に卒業したばかり。でも残念なことに就職先がなかったそうです。(公立の病院などに義肢装具ワークショップがほとんどなく、外資の企業も地元のマレーシア人より人件費が安いカンボジア人等を雇うことが多いと彼女は言っていました) 

今年の4か月研修にマレーシア人が2人来ていたのですが、一人が一身上の都合により離脱してしまったため、追加人員として学卒の彼女に白羽の矢が当たったという次第です。

$義肢財団(超個人的)日記



$義肢財団(超個人的)日記

彼女は11月4日から義肢財団で一人研修(OJTのような感じで)をしていたのですが、ワークショップで唯一英語の通じる私とばかりしゃべっていたので、タイ語はまったくというほど話そうとしませんでした。今回のモバイルユニットで、財団のスタッフが積極的にタイ語で話しかけてきてくれたので、少しずつタイ語の語彙が増えていっていました。

(でも覚えた言葉が「ゲーレオ(年寄り)とかウワン(太った)」とか、どうでもいい言葉ばっかりなんですけど、ま、知らないよりはいいか。ということで。)



$義肢財団(超個人的)日記

今回のモバイルに、かわいい患者さんも来てました。アイリーンちゃん、たしか6歳くらい。先天性の右大腿切断で、成長に合わせてソケットのつくりかえと義足長延長が必要になるので頻繁に来ています。去年のBRAND(鶏のスープ)の、CSRのコマーシャルにも出演していました。


$義肢財団(超個人的)日記

こちらでのモバイルユニットは食事がものすごくゴージャスで、初日のランチがこんな山盛りメニューでした。びっくり!! 泊まっていたホテルの朝食がおかゆとコーヒーしかないというので、朝ごはんからモバイル会場で準備していただき、初日の夜は「遅くまでご苦労様」と夜食に追加のおかゆまで準備されておりました。みんなで「このモバイルから帰ってきたら確実に3キロは増えてるよね~」と笑ってました。


$義肢財団(超個人的)日記

こちらが贈呈式に並べられた義足。いつもよりは小規模ですが、60本以上の義足を20人で作るのは驚異的でした。BK(下腿義足)がテクニシャン一人当たり4本、AK(大腿義足)がテクニシャン一人当たり2.5本を3日間で製作するのです。

なんとかみんな頑張ってくれて、3日間で製作終了、4日目に無事に贈呈式を迎えることができました。




どこのモバイルでも、多くの方々に支えられての開催ということをいつものことながら感じさせられます。

お世話になってすべての人に、感謝です。