2019年公開

ーあらすじー
太宰治の晩年と小説「人間失格」を
執筆するに至る3人の女性、妻の美知子、
愛人の太田静子、山崎富栄との奇妙な
関係を今に残る逸話を交えて描いた作品。


ー感想ー
ジャンルとして「伝記」としてではなく
モチーフにしたエンターテイメント、
ドラマとして見ました。

小説「人間失格」の葉蔵と太宰の人生を
重ねて描いた面白い映画でした。
私が勝手に作り出していた太宰治の
ネガティブで陰気で気むずかしい
イメージとは違い、ここで描かれた太宰は
人間失格の葉蔵に近いイメージでした。
見栄っ張りで、人前では明るくふるまい
内には陰気で卑怯な部分が垣間見える。
誰も本当の自分をわかってくれない。
自分の描いた小説の本質をわかって
くれないという苦悩。
太宰治を特別な人間として描くのではなく
生活能力のない女にだらしない、
何処かにいるようなダメ男の人生でした。
何より面白いのは、太宰にかかわった
3人の女性の三者三様の想いと愛し方。

静子は「斜陽」という作品と治子を得る
ことで太宰との恋が終わっても、一瞬を
永遠にした人のように思います。
そして、結構したたかです。

妻の美知子の愛し方は辛い愛し方でした。
小説家としての才能を愛し、作品を愛して
いたように感じます。
太宰の書きたい作品は喪失感や寂寥感の
ような一種の渇きの中でしか生まれない
と感じていたのではないかと思います。

富栄の愛し方は言葉どうり「命」をかけて
愛していたのでしょうが、太宰にとって
彼が思っていた以上に重く、面倒だったの
ではないかと思います。
それでも、孤独な太宰にとっては彼女から
の愛情は手放しがたい感情だったのだと
思います。

太宰の人生の中で、人間失格を書くと
決心をした時は、富栄に半ば脅される
ようにして縛られ思うようにならず、
その中での病気、静子への養育費、生活費
酒、税金、借金と、いろんな意味で限界
だったのかと思います。
その追い詰められた状態だからこそ
生まれたのが「人間失格」だった。

追い詰められていく太宰の姿が惨めでは
なく、美しく描かれているからこそ
逆に恐ろしく感じました。

映像はどれをとっても綺麗で
蜷川実花さんならではの「色」や
光や影のコントラストが作品に深みを
感じさせます。
人間失格を書く太宰の描写は彼の心の
奥底の本当は見せたくない自分を
絞り出す。苦悩と解放を感じました。

賛否あると思いますが、蜷川実花さんの
人間失格から見る太宰治はこういう風に
見えるのかと思うととても面白い
捉え方の作品だと思います。

〈別記〉
いつも俳優さんに注目するのですが
今回は蜷川実花さん。
「さくらん」「ヘルタースケルター」
「ダイナー」とどれも斬新で美しい映像
ながら、日本映画独特の重さを感じる
雰囲気に驚かされます。
この独特の感覚はなんなんでしょう?
映像はまるで写真の静止画のように
綺麗なのに、そこから感じるのは日本映画
独特の泥臭さというか、重たい雰囲気。
エンターテイメントでありながら
ラストに残る釈然としない感覚が
私的にはとても心地よくどの作品も
とても見ごたえがあります。
結構な大御所さんですが、これからも
写真だけでなく、たくさん映像作品を
作って欲しいと思います。

〈追記〉
荒戸監督の「人間失格」とこちらの作品
双方に同じような描写があります。
太宰が雪の中、喀血して倒れます。
同じように葉蔵も倒れますが、その描き
方の違いはどちらも素晴らしいです。
葉蔵の場面は、死を意識しながら、
孤独を噛み締めるような、寂しさと
絶望感を感じます。
太宰は死を感じなからその「死」に陶酔
することで書くことを望みます。
この「死」に対して現実味を感じていない
太宰の感覚はラストにも通じているように
思います。
どちらも、同じような場面でありながら
その捉え方の違いに感動しました。