2010年公開

ーあらすじー
こちらは、小説を原作とした内容。
原作は知らない人の方が少ない小説なので
割愛します。
また、ざっとしたあらすじは感想に
変えます。

ー感想ー
原作は別として映画のみの感想。

正しい解釈もあるのでしょうが、葉蔵の
捉え方は人それぞれかとも思うので
荒戸源次郎監督の人間失格の捉え方は
こういう解釈なのかなぁと思って見ました。
原作ありきで言うと、私の描いていた
葉蔵とは少し違いました。
ですが、それはそれで良かったのかなぁ
とも思います。

裕福な家庭に育ち画家を目指す葉蔵が
堀木にパラサイトされる事で、酒や女に
溺れ、家族に見放され貧困に喘ぐなか
漫画を書くことで立ち直るかに見えた
矢先に嫁が男と関係を持ち、薬に溺れて
脳病院に入院、人間失格と自分に烙印し
田舎で隠居のような生活を余儀なく
される中、年老いた女中にでさえ関係
を求めてしまう。

超ダメ男の半生でした。
意思が弱く、主体的に動くこともなく
堀木の事にしてもカモられているのにも
関わらず結果頼ってばかり。
最終的にもダメ男は結局ダメ男で
跡継ぎのお兄ちゃんに援助してもらい
生きてるだけのクズでした。
葉蔵なりの苦悩はあったのかもしれません
が、ながされるままに堕ちていく感じで、
自己主張がなく、女に頼る、お兄に頼る
薬に頼る。究極のヒモ男で、タイトル通り
「人間失格」です。
葉蔵は最後に世捨て人のような生活ですが、
母のように恋人のように側にいる
女中とおだやかに過ごすラストは
物悲しいものがありました。
ダメ男の半生を描いたひとつの物語として
「なんでそういう事になっちゃうかなぁ」
と、葉蔵の不運をかわいそうにも思うし
弱さに落胆というかヤキモキしながら
見ていて、面白い作品だと思いました。




以降は別の感想

原作を知っていて見るのと、知らずに
見るのとではかなり印象の違う作品かと
思います。
ここからは原作ありきの感想。

葉蔵が堕ちていく要因として、道化の自分
と本来の自分のギャップや、女性との
関わりの中で、ヒモ体質の自分への憎悪
など複雑な感情が全ての出会いの中で
変化しながら歪んでいくのですが、
映画では小説の印象的な部分や台詞を
中心に抜粋しているので少々わかりにくい
部分もあります。
子供の頃から「道化」を演じることで
自分の本性を隠し、周りと上手く付き合う
社交術として生きてきたという部分が
解りにくく、原作を知らないで見ると
上に書いたような感じで主体性がなく、
淡々とした性格で、流されるままに生きて
つかみどころの無い人物にみえるのでは
ないかと思います。
本来は、自殺未遂で女性だけを死なせて
しまった葉蔵はその喪失感で悲しんだり、
時には、下宿屋の女の子を鬱陶しさから
使いに行かせたり、左翼の人たちから
親しみ安いと思われるほど道化を演じて
みたりと、彼なりに奔走しています。
自分を隠して道化る孤独と気持ちのとの
ギャップに疲れ女に逃げ、金と薬に溺れて
脳病院に行く時は、自分が半ばバカにし
ていた堀木に憐れみを持たれる情けなさを
感じ、自分では覆す事が出来ないほど
惨めな気持ちで病院に向かいます。
小説の内容をベースに考えなら見ると話が
繋がる部分もあって見やすいと感じます。
私の理解力が不足していたのか、葉蔵が
「人間失格」だと自分に烙印を押すまでの
苦悩は、この作品からはいまいち感じられま
せんでした。
ただ決定的に残念なのは最後の女中との
関係でした。
映画では葉蔵も彼女を誘っているように
感じますし、絵を書く葉蔵に女中は
少女のようにいたずらをします。
原作では醜女の老女で、葉蔵は襲われる
がままに関係をもち、それでもこの女中と
暮らしています。
若年にして初老のように見える葉蔵の
姿は映画では殆ど描かれませんでした。
このラストの描き方の違いは私にとって
とても大きな違いでした。
人間失格と自分で烙印を押してしまった
後の葉蔵の、幸も不幸も無いという感じが
映画からは感じず、どちらというと、
絵を描き、女中との関係をもち、幽閉
されることで落ち着いたという感じです。
穏やかに過ごす葉蔵に多少の生きる気力を
感じてしまいました。

原作から感じた印象では、空虚でした。
それまで繰り返した自殺未遂や、
理解してもらえない怒りも悲しみも
薬に溺れて生きて苦悩した日々も
まるで全て夢の世界の出来事だったように
ただ、今は息をして生きているだけ。
何かをするでもなくそこにいる葉蔵は
空っぽの置物や空気のように感じます。

ただ、私自身は特に大学の文学部で勉強した
とか、映像の学校でディスカッションした
とか特別な勉強はしてないので、映画化好き
のド素人の感覚です。
そういう意味では、
映像から監督の描きたい世界観や、本質を
読み取る力が不足しているので、
私の感性がズレているのかと思います。



で、私の中での最大の謎は中原中也。
なぜ?
太宰治の話ならわかりますが、
あくまでも「人間失格」の映画なのに
原作の改編にしても、突拍子のない
中原中也の出演に「必要なのか?」
と驚きました。
事務所やら製作側のなにかしらの
力が働いてるように感じてしまいました。

〈別記〉
生田斗真さんが葉蔵でした。
なかなか難しい役だったと思います。
原作からご自身が抽出したイメージと
監督のイメージする葉蔵との擦り合わせを
どのように感じたのか非常に気になる
ところですが、当時の資料がフライヤー
しかなくて知るよしもありません。
美男子で、たよりなさげで、影のある
感じが女を寄せ付ける。そんなダメ男
ながら、心のどこかに持ち合わせてる
これではダメだと思う葛藤や苦悩も
わすかながら読み取ることもできました。
ずいぶん前の作品ですので今とはちょっと
印象が違います。
私が最初に生田さんを見たのは
アキハバラ@DEEPで、一気にハマりました。
最近、コメディーが多いですが、
もし今、彼が葉蔵を演じるとしたら
また違った葉蔵になるのではと感じます。