1974 シボレー・カマロ IROC | 乗り物ライター矢吹明紀の好きなモノ

1974 シボレー・カマロ IROC

1974 CHEVROLET CAMARO IROC

1974年、前年から専用のポルシェ911カレラRSR と共に始まったF1、USAC、SCCA、NASCARのスタードライバーによるワンメイクレースというべき「IROC」だったのが、レースの盛り上がりとは裏腹にレースカーに対する不満が主としてストックカーレーサーから漏れ伝わってくることとなった。


ポルシェの選定に当たって重要な動機となったのは、市販状態でのパフォーマンスが高くその優れた耐久性も合わせてイコールコンディションを維持しやすかったことなのだが、やはりリアエンジンゆえのトリッキーなハンドリングがストックカーレーサーの好みに合わなかったということである。


そこで新たに選択されたのはシボレーを冠スポンサーに迎えると同時にシボレー・カマロをベースとしたIROC専用のレースカーを製作することだった。しかし問題が無いわけでは無かった。この当時カマロはSCCAトランザムにグループ5シルエットフォーミュラとして参戦していたものの、改造範囲が大きかったそのままのデザインでは厳密なイコールコンディションを維持することが難しい様に見えた。


参加するレーサーと観客の好みに合わせるならいっそのことストックカー的なデザインにまとめることが好ましいことは自明の理。そこを踏まえて計画されたのがシボレー・カマロIROCだったのである。


ちなみにこの時点におけるストックカーとは必ずしもストックでは無かったことに注意する必要がある。現代、ストックカーと称されているレースカーがいわゆる「ストック」という言葉の意味とは無関係な純レースカーであることは一部では良く知られているものの、ストックカーが真の意味でストックと決別したのは遙か昔のことであり、1974年の時点においてもストックだったのは外観パーツのみと言っても過言では無かったのだから。


カマロをベースにストックカーに匹敵するパフォーマンスを与えるためにはどうすれば良いのか? ここで導き出された回答は、当時のストックカーコンストラクターの中では最優秀との誉れ高かったバンジョー・マシューズの助けを借りることだった。


バンジョー・マシューズは1950年代半ばにまずドライバーとしてストックカーレースに関わる様になり、その後コンストラクターに転身したという経歴を持っていた。コンストラクターとしては比較的地味だった彼が大きく注目されることとなったのは、1971年シーズンにジュニア・ジョンソン・レーシングのために製作したシボレー・モンテカルロが圧倒的に高性能だったことである。


ノーマルのフレームを強化しサイドインパクトに対する耐久性を向上させるために2×3インチのチャンネル材を使ったサイドレールを新設する。同様にサイドインパクトバーを強化したロールケージを装着する。シボレーピックアップから流用したトレーリングアームにフォード9インチデフを組み合わせたリアサスペンション、フォード用を流用したフロントサスペンション、etc。既存の技術をベースに優れたパフォーマンスを得ることに成功した彼のレースカーは、以後数年に渡ってほとんどのコンストラクターが模倣するという一種のスタンダードデザインとなったのである。


シボレー・カマロIROCはこのジュニア・ジョンソン・モンテカルロと同じ手法でビルドアップされることとなった。その結果、外観は紛れもなくカマロながらその中身は最新ストックカーと同じという全く新しいワンメイクレースカーが誕生することとなった。


もちろんストックカーと同じとはいえNASCARルールに即する必要は無かったこともあり、より固められたフロアパンや新しいデザインのロールケージといった具合にバンジョー流の独自性を盛り込むことも忘れなかった。


何よりもこの時点でストックカーのベースモデルだったインターミディエイトではなく、コンパクトカーのカマロをベースとしたことで、ここで蓄えられたシャシー周りに関するノウハウは1981年から導入されることとなったNASCAR初の共通シャシーデザインを決定する上でひな形的存在となったのであるから。


シボレー・カマロIROCのエンジンは400hp程度にチューンしたスモールブロックのLT1だったこともあり、そのレースカーとしてのキャラクターは完全に脚の方が勝っていた。レース中のトラブルも少なく何より補修もポルシェ911カレラRSRとは比較にならないほど容易だったこともあり、翌年以降も使い続けられることとなった。


ご存じの通りIROCという名称は後にカマロのグレード名となる。その背景に存在していたこと。それはレースシリーズとしてのIROCと共にカマロが一つの時代を造ったことに他ならない。