最初は、催眠術を勉強し一年ぐらいあとに気功を勉強しました。なぜ、気功を勉強しようと思ったかは、またの機会に書いていきますが、ここでは催眠術と気功について書いていきたいと思います。
催眠術といえば、いちばん最初に出てくるイメージとしては、五円玉に糸をぶら下げて、「だんだん眠たな~る」言いながら、五円玉をふる怪しいイメージだと思います。
あながち間違いではないとは、思います。必ずしもそういう手段をとる訳ではありませんが、目的は同じです。
催眠状態に誘導し、主に言葉で被験者に干渉していくわけです。催眠術も「術」なのでコツがあり、人間の特性に根差した理論があります。
似た例で言うと柔術見たいなものだと思います。
催眠術は柔術と同じで因果関係が分かりやすく、横から見ていても、かけてかけられての関係が理解できます。
そして、横から見ていても自分は練習していないからできないけど、自分も練習したらある程度はできるだろう思うことができるとおもいます。
一方、気功は因果関係がわかりにくく、何をやっているのか、どういう力学でそういう風になるのか一見では、まずわからないとおもいます。
これは合気道や、合気柔術と同じで、見ようによっては嘘っぱちだと思うぐらい何をやっているのかわかりません。
では、よくわからないことを可能にする気とはなんでしょう?
気はなんでもないが正解だと思います。
よくわからないものを気という言葉で説明しているのであって、気が先に存在しているわけではありません。
一見して何をやっているのかわからない。この事を別の言葉で説明すると抽象度が高いということです。
催眠術と気功は抽象度の違いしかないとも説明できると思います。
では、また今度、雑文で色々書き綴って見たいと思います。
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