今朝、通勤電車の中で、頑張ってブログを書いていた。かなり集中していたようで、何時にも増して、あっという間に降車駅に着いた。

とはいえ、まだ書きたいことの十分の一も書けていない。慌てて下書き保存を試みる。出口へ向かう人の流れに押しだされながら、何とか下書き保存した…した、つもりだった。

帰路、今日も残業で遅くなって疲れていたが、朝書きかけたブログの続きを書こうと、下書き保存を探した。

ないしょぼんしょぼんしょぼん

下書きがないしょぼんしょぼんしょぼん

あんなに一所懸命書いたのに…

結構いいこと書けてたのに…

後悔と悔しさが混じり合ったような、苦ずっぱい気分に浸される。

こんなことが人生には時々起こる。自分の中の目標達成への期待感が、自分の失敗で見事に打ち砕かれること。人には判らぬ自分だけの失敗。

今日は、「この失敗のお陰で、このブログが書けた」、と自分を納得させるしかないか。


失敗も 例えて見れば 一里塚
今日は朝から爽やかな風が吹いています。

いつもの年なら、初夏の風を受けながら、ソファーの上で心地よく微睡めます。

でも今年の風はなんとなく心落ち着きません。何マイクロシーベルトかは知りませんが、放射性物質といった目に見えない毒が含まれているからです。

そう言えば、人によって毒になったりならなかったりはしますが、何時の頃からか花粉という目に見えない毒も風に多量に含まれるようになりました。

さらに、CO2やダイオキシンと言った毒も目に見えない風の中には含まれているようです。

人間、目に見える危険なものには防御の反応をすることが出来ますが、目に見えない危険には反応できません。

そして、時として手遅れとなってしまうこともあります。

そんなことを考えながらソファーに寝ころがっていると、せっかくの5月の爽やかなはずの風も爽やかでなくなってしまいます。

かといって、息をしないわけにもいきませんから、結局、1)諦める、か、2)気にしない、のどちらかを選ぶしかなさそうです。

自分一人がどうあがいたって、この巨大な社会システムには歯がたちそうもありませんから。

今、日本で起こっているようなことは、誰も経験したことがないし、想像すらしたことがなかったことです。

ひょっとしたら、本当は一部の人には想像できていたことかもしれないけど、それをみんなに知らせることは禁じられていたのかも知れません。

でも、実際には起こるはずのないこととされてきたことが現実に起こってしまいました。

この新しい現実の中で、今、私たちは生きるということをどう考えたらよいのでしょうか?


風薫り どうにもできない 放射能
akito3333さんのブログ-20110522115836.jpg
林家たい平さんのブログを読んで気持ちが明るくなったので、たい平さんのブログに登録しようと携帯をいじっているうちに、なぜか自分もブログを書けることになったみたいで、今までこのような情報発信は避けていたのだけど、これもちっちゃな運命の悪戯のひとつかな、と思い、今日からブログを始めることにします。

初夏の風 ソファーに寝ころび ブログ書く
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