イ 法規裁量の意味

 前号で、地方自治法179条1項の規定の仕方を見てきましたが、市長が専決処分をするには極めて厳しいハードルが設定されています。それは、二元代表制において、長の執行権をチェックする議会の審議権・議決権を重く見ているからです。
 石丸氏のように、市長の主観的認識において、対応が急を要し、時間的に余裕がないことが明らかな場合だと判断されて、専決処分ができるとなったら、客観的には時間的に余裕があったとしても、市長の恣意的な判断次第で、議会の議決なしに、市民や国民が支払った税金の支出を伴う政策が実行されていくことになり、民主主義の日本国の一角に議会の存在を無視した独裁的な地方公共団体が誕生してしまうということになります。
 そうはならないように、地方自治法は、市長の専決処分が、極めて限定的に、かつ、客観的要件の下でしか許されないように規制を加えて暴走する危険性に歯止めをかけているのです。
 これを法規裁量といい、市長の専決処分の法的性質は、法規裁量だと表現するのです。
 さらに、法規裁量とは、行政権の裁量を全くの自由裁量ではなくて、法律が予定している基準がある裁量であると考え、その法律が予定している基準に抵触するような裁量には司法審査が及ぶと考えます。


ウ 今回の石丸氏の専決処分は適法性

 それでは、今回の石丸氏の専決処分は適法だといえるのでしょうか。
 例えば、災害復旧事業(人命救助、生活物資の輸送路の確保、住宅の確保、インフラの復旧等々)のような急を要する契約案件のように、時期を逸することなく極めて迅速に対応すべき場合のように、市長の主観的判断においても、また、客観的にも対応が急を要し、時間的にも遅らせる余裕がないことが明らかな状況が認められるといった場合のように、緊急性や時間的余裕のなさが、石丸氏による専決処分に認められるかということです。
 本件は2週間という控訴期間があるも、迅速に準備を進めていけば、年末年始の休庁期間中を含め、令和5年12月26日から令和6年1月9日までの間に、臨時会を招集することに何らの法的障害も物理的障害もありませんでした。石丸氏としては、議会との連絡を密にして臨時会を開催し、議会の議決を得る努力をしなければならなかったのです。
 この努力をした形跡がまったくなく、漫然と時が過ぎるのを待って時間的余裕がない状況を故意に作出し、控訴期間最終日に、議会の議決を欠いたまま、市長専決処分で控訴してしまったということなのです。
 これは法規裁量権を行使する際に、地方自治法が厳守するよう定めた基準に違反した違法な専決処分だといえます。
 仮に、石丸氏が市長として控訴すべきか否か迷ってしまって時間が経過したような場合でも、そうなる前に、迅速に弁護士に相談するなどして、準備を整えた上で臨時会に諮ることはできたはずであり、それをしなくて地方自治法の基準を違えたのであれば、やはり法規裁量権の違法な行使になると思料されます。