https://germanjapan.wordpress.com/2019/09/27/ausdruckslosigkeitpokerface/#more-285

 

休日は何故だか朝から空腹に襲われる。

普段のルーティーンは野菜スープにトマトジュースを混ぜたものだけをとって仕事を始める。自分では動きのある仕事だから。なんて解釈しているが動き辛くなるし眠くなる、仕事への影響を配慮してのことだ。

いつものごとく休暇中の今日も、とてつもない空腹に襲われ、ついついとりすぎてしまう・・・美味しい朝食がそこにまた拍車をかけたのだった。

 

そして最後にコーヒーを頂く。

ほっと一息入れコーヒーの素晴らしい香りにふと思い出した。

ドイツの珈琲は何故これほど美味しいのか?そう感じる人も多いかもしれない。ただそれは南で感じることが多いのも事実かもしれない。インスタントコーヒーでさえおいしい。以前、ドイツワイン協会連合会名誉会長の小柳氏と、この話題について話をしたことがあった。答えは良い豆はドイツに行く、コーヒー豆に限らず良いものはドイツに行くという話なのだが、日本に住んでいたドイツ人にも同じような話を聞いたことがある。

それは私の母親が、そのドイツ人の奥さんの服を見て『しっかりしていて物がいいね』と言った時の事。普段から母親はドイツの製品に対して、しっかり作られている、と見ていたようである。

Made in Germany を期待した人もいるかもしれないが、残念。そこは何のことはない、日本と同じく Made in China はじめ東南アジアや、考えられる海外産だ。

彼女の返答に、ドイツ人気質を見た。

『もし変なものだったらドイツ人は直ぐに文句を言うから』

安かろう悪かろうでは文句が出る。安くてもしっかりしていなければ納得できない気質だからこそ、交渉の段階で相手に負けない、のだろう。きっと妥協点を見つけるのに長けているのだと思う。

我々、食肉加工品製造業の消耗品で絶対に欠かせない、腸詰に必要な天然腸も、ラム肉も・・・値段が高くなった時に、その理由を業者は一様にこう答えた。

『海外に買い負けている。』

だった。

果たして今後の日本はどうなるのか、同時に考えてしまうようなテーマだと思う。

教育やあらゆる分野においても競争が失われる中、果たして時には稚拙で悪意のあるかもしれない、私たちの持っている価値観など通用しない相手とどのように渡り歩いて勝てるのだろうか。島国の中だけですべてが完結するのなら何の問題もないのだが・・・

考えればどこまでも深く沈んでいきそうな問題に嫌気がさしてくる。個人事業主も中小企業も大企業さえも、大変な時代を迎えるのではないだろうか。

生活レベルを落とすのは非常に難しい、と言われるがバブルを経験してその雰囲気を見てきたものにとっては、感覚的にはもっと酷な事かもしれない。

朝見た清々しい景色はまるで幻だったかのような対照的な気分になってくる。一気に現実に戻されるとはこういうことか。

ふと斜め迎えに座っている子供の天使のような笑顔が目に入る。

とても優しい気持ちにさせてくれた。そしてこれもまた現実。

行き詰って息の詰まるような緊張感の世の中だが自分次第で余裕を持てる、その笑顔がそっと教えてくれたように感じた。

 

とにかく今日はフォルさんと会うのだ。

 

まだ出発まで時間があるのでゆっくりしているとフォルさんから連絡がある。

休暇期間中で電車も混むので早めに出た方が良いかもしれない、とのこと。

やることもない私は、一番早い電車で行く旨を伝え駅にむかう。

 

まだ早い時間だったが駅に着くと既に乗客が何人も待っていた。駅員もひとり電車を待っていた。フォルさんに方向を間違えないように、と口を酸っぱく言われていたのだが。

人間というものは勝手に想像しあたかもそれが現実のように話してしまう。そしてそれを聞いた人はまた真実だと思ってしまう。仮にその話の半分は嘘だろ、と思っていても確実に頭の中には残る。週刊誌やメディアのやり方もそんな場合が多いのではないだろうか。

この時も電車の来る方向、そして進む方向をイメージしてしまっていた。そのため、呑み込みがとてつもなく悪い。

ベルリンから来た電車はそのまま進み戻ることはないだろうと考えてしまっていたのだ。

そしてフォルさんの言葉もさらに事を難解にしていた。一つの方向にしか行かない。

・・・どう理解すべきか?

この電車なのか?少し早めに到着した電車に様々な疑問を自身に投げかけた。時間にしては短い時間なのだろうが・・・とにかくあらゆる可能性を考え、自問自答していた。

『この電車ではない。』

ひとりいた駅員に確認をとるが、フォルさんの言葉も相まって

『じゃあどれ!?』

という訳の分からない混乱にポーカーフェイスで陥っていると、駅員が

『あれだよ。』

同じ方向から同じ電車がやってきた。そしてひとつのホームに向かい合わせで停車する。

どうやら同じところからくるものの、ここで行き先が分かれるという日本にもある普通の光景に、ただ一人混乱していただけであった。それも誰にも気づかれずに・・・

 

出発まではまだ時間があったのだが、皆乗車し出発を待つ。

少ない車両で編成されていたが、車両自体はまだ新しい印象を受ける。座って待っていると次々に乗客が乗り込んでくる。フォルさんの言っていた通りものの数分で満席に近いくらいに乗車してきた。

 

静かに電車は出発した。

先ほど外に居た駅員も乗り込み、親切にも私の降りる駅を確認してくれた。

約30分の乗車である。

ただホテルを予約した時点で、フォルさんと会う指定の駅から割と近場で予約したはずなので30分もかかるのかと思ったのだが。

何駅か過ぎたころにようやく理解できた。

距離的にはそんなに遠くないのだが・・・電車のスピードがひたすらに遅い。

田舎の単線ではよくあることかもしれないが、これも想像以上に遅いのだ。

途中の駅で乗車してきた黒人が私の向かえで先ほどの駅員と楽しそうに談笑している。

私の泊っているホテルと言い、ゆっくり窓から流れる景色や施設といい、観光地として十分に成り立っていてそのどれもが観光客で賑わっている。

フォルさんとは今日、初対面になる。メールでのたった数度のやり取りで、実際に会うことになった。彼がどのような性格かも分からない。快く迎えてくれるのか、嫌々会ってくれるのか・・・

やはり緊張はする。

こんな時は、サッサと会えればいいのだが・・・この電車のスピードが実に恨めしい。そして私の前の陽気な黒人も私の今の心情など全く理解していないほどのテンションに余計に緊張感が増す。

ポーカーフェイスを取り繕っているだけの唯一のアジア人が満車の電車に一人。

悪循環のイメージで緊張感がピークに達した時、朝食時の天使の笑顔がふと思い出された。

極まって緊張の糸が一気に切れた。切れたという表現は間違いで正確には優しい笑顔に緩んで余裕が出来たというべきか。ふわふわと糸が空気に舞うように自由な感覚になった。

同時に覚悟が決まった。

とくにかくやれることをやるしかない。それは自分が今までやってきたこと、そして彼の事を聞く。そのたった2点だけだと。

時に混乱に陥ったとき人は問題がいくつもあるかのように感じパニックになる。

だが実際の問題の本当の原因など1つや2つしかないのが殆どだろう。この時も、悟りを開いたかの如く一気に気が楽になった。

朝食時、テーブルに座ったときに見た子供の笑顔。

これも受け方によればポジティブにもネガティブにもなる。私はこの時ポジティブに受け止め最終的には天使という表現を使うのだが、受け止め方が違えば全く真逆に感情を抱くことだってある。

例えば白人に対して引け目を感じている場合や私はアジア人だから、とネガティブな感情を持っていた場合。その笑顔と視線が痛く突き刺さる場合だってあるからだ。

相手の問題もあるだろうが、多くの場合、受け止め方の悪さや、単なる誤解、そして自分の勝手な感情やイメージによって不幸になっているようだ。

そんな悟りを開いていることなど、目の前の陽気な黒人にはまったく気づかれていない。

ゆっくり走る電車の、そして満車状態にひしめき合っている、その4人のボックス席の中で誰にも気づかれずにひとり天使の笑顔によって真っ暗闇から光の方へ引き上げられたのだ。

ぼんやりと、ゆったり流れる、美しい景色の外を眺めているだけのただのポーカーフェイスがそんなことを考えているなど誰も想像できずに・・・

『次だよ。』

既に顔見知りとなった駅員が、また親切に降車駅を伝えてくれた。

電車の満車状態は変わらない。

駅の周りは何もない。想像に易い田舎町の無人駅に降りたのは私と数人。

まだ新しい駅なのかもしれない。それほど周りには何もない。

sdr

 

ひとり満面の笑顔で近づいてくる。大柄の男性が、その人懐っこい笑顔と大きな声で私を迎えてくれた。

『タケ、よく来た!』

私がまたドイツに行くきっかけを作ってくれたフォルさんとようやく会うことが出来た。

私も満面の笑顔で答える。

先ほどまでのポーカーフェイスぶりなど誰も想像できない笑顔で。