喪失
高校に入って直ぐに同級生の男の子に校庭の裏に呼び出されてね、好きだとか付き合うとかじゃなく、話してたら、キスしたり抱き合ったりしたのよね。
あれはただの興味本位だったんだろうね。
高校二年の夏休みにね、母の店に大学生のバーテンを雇ったのよ。同級生のお兄さんだったんだけどね。東京の大学に行ってて、帰省した間だけのバイトなんだけどね。
都会の匂いのする良い男だったんだよ。
そのお兄さんに会いたくて毎晩のように母の店に遊びに行ってたのよ。
そしたら、デートに誘われてね、オシャレして行ったのよ。可愛いウサギのぬいぐるみを買ってもらって嬉しかったよね。
隣町の繁華街の裏通りを手を繋いで歩いてね、そうしたら、狭い階段のあるお店に連れて行かれたのよ。
薄暗い店でね、案内されたのが背もたれの高い二人掛けのソファーとテーブルだけなの。
二人が並んで座って、ジュースを注文してね、目を凝らしてまわりを見ると、隣の席の男と女が抱き合ってるのよ。カップル喫茶だったんだね。後にも先にもそんなとこに行ったのはこれが一回だけなんだよね。
私たちも自然にキスして抱き合ってね、下着の中に手を入れられて触られたりして、気持ちいいって感じたのを覚えてる。男の愛撫がこんなにも良いものだって始めて知った気がしたのよね。
それからは、母の目を盗んで、お店の準備の時間に倉庫やカウンターでキスして、胸を触られたりしていたのよ。ある日、また、デートしたのよね。今度はラブホテルに連れて行かれてね、身体は受け入れ十分なんだけど、いざ挿入となると痛くてね、ベッドに頭ぶつけて逃げ腰なのね、それでも好きだから受け入れたよね。痛くて泣きながらだったけどね。帰り道に、がに股になってるんじゃないかと心配しながら歩いたのを覚えてる。17歳の夏休みだったんだよ。今じゃありきたりだけどね。あの頃は、早い方だったと思うよ。
夏休みが終わると大学生のお兄さんは、東京に帰ってしまってね、男を覚えてしまった私が一人置き去りに去れちゃったのよね。
性の目覚め
中学になってから、母がバーを始めてね。
酔った勢いで客の男を家に連れてくるんだよね。
50になってたはずなんだけど、若く見えてね。10歳はサバ読んでたよ。

流石に娘のいる家で、男と一緒に寝ることはなかったけど、隠秘な感じは伝わったのよね。

女を演じる母が艶めかしく映ったよね。

もうその頃は、異母姉は、学校の寮に入っててね、夜はいつも私はひとりぼっちだったんだよね。

勉強とかこつけて友達を良く呼んでたよね。
おやつはふんだんにあるし、私のノートは、写せるしで男の子も出入りしてたけどね。
エッチなことは起こらなかったよ。優位に立ちたかったし、寂しさを紛らわすだけだったからね。

中学2年の冬に、1学年先輩で生徒会長に告白されてね。付き合うことになったのよ。彼の家は貧しい母子家庭でね、暖房も炬燵だけなんだよね。
寒いからくっつきあってたら、キスされちゃってね。毎日、学校の帰りに生徒会長の家の炬燵の中で、キスしたり触りっこしてたのよ。一線は越えなかったよ。お互いそこまでの勇気はなかったんだろうね。

クラスの女友達から、羨ましがられてね、いい気分だった。勿論、優等生カップルの二人がいやらしいことをしてるなんて知らなかったけどね。

生徒会長が卒業するまでそんなことしてたんだけど、学校が別々になって、逢うことも段々少なくなって消滅しちゃったのよね。

私も受験勉強に忙しくなったのよ。どうしても町一番の進学校に入りたかったからね。
勉強と塾通いで寂しさなんて忘れてたね。

相変わらず、母はバーのママとして、厚化粧で夜は出かけてたのよね。
男を連れ込むのはなくなったよね。娘のお勉強の邪魔をしたくなかったのかな。
メデタク私が希望の高校に入学して、新入生代表に選ばれた時の母は嬉しそうだったよ。
自慢の娘がバージョンアップだよね。

高校生になった途端、いろんな性の思い出が増えちゃってね。
記憶の糸を手繰りながら書いていくからね。
私生児の宿命
私ね。田舎の錆びれた町で生まれたのよね。母は38で私を産んだのよ。凄い難産だったらしいよ。死ぬ思いで産んだのね。それも10も年下の男との間の子をね。
その男が悪い男でね(私の父なんだけどね)詐欺みたいなことばっかりやってたんだって。だから、籍を入れられなかったんだって。どこの女に産ませたかわからない子供までいたのよ。
母は、戸籍のないその子供と私を私生児として、自分の戸籍に入れたのよ。
父を愛してたんだろうね。
女手一つで二人を育てましたよ。その間、都合の良い時だけ、父が会いに来るんだけど、お土産があるから、私は大喜びしてたんだよね。
生活費なんかは、持って来なかったんだけどね。

父が来ると母のベッドで二人仲良く寝るのよ。
変な家族だとは思いながら育ったのよね。

母はお金に苦労してたけど、実家に恵まれてたからね。
母の弟が小さな会社をやってたから、援助を受けてたみたい。
生活に不自由はなかったよね。その叔父が可愛がってくれたしね。

私ね。子供の頃、成績良くてね。学級委員とかに必ずなるのよ。目立つ子供だったのね。母の自慢だったらしいよ。

だから、いい子ぶるしかなかったんだよね。

母は、言葉遣いと礼儀作法には厳しかったのよ。
叔父は、価値の有るものを沢山見せてくれたのね。
私の身なりには、随分お金をかけてくれたのよ。

だから、友達は、私をお嬢様と勘違いしてたけどね。
もともと高慢な私は、お嬢様ぶるのが得意だったのよね。
今もそれを演じてますけれどね。

異母姉妹の姉なんだけどね。暗い人でね。
目立たない子なのよ。
良いもの着せても似合わなくてね。
確かに、母も叔父も、私とは差別してたと思う。

子供の頃の私は、どこでもお嬢様気分だったから、気になんてしてなかったのよ。

自分が可愛がってもらえることだけが全てだったのよね。