ざっくばらん秋日記 -11ページ目

ざっくばらん秋日記

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今日は


久しぶりにディズニーランドに行ってきましたパー


友達がミッキーに会いたいと言うので

仕方なく会いに行った

最初はうーんだったけど

会った瞬間におー
に変わり


ネズミの力に感動した


疲れたけど


まぁ楽しかったんで良かった良かったニコニコ


今帰りの京葉線で

眠いです


シンデレラ城を横目に
Good night
今日は朝から


仔鹿杯っていうサークルの集まりがあって


バスケした

バスケ活躍できて、
まだサークル入ったばかりだから

仲良くなれて良かった

何故か秋山マルコスって呼ばれたけど


熱中して何かやるときって

ホントに無垢で

赤ちゃんみたいに
一つのことに夢中になれるんだよね

西田さんにもいわれたけど


目の前のことを一生懸命やれば


それが成長につながる

ソフトテニスしてたころはただ勝ちたい一心で形振り構わずボールを打ってた


でも大学に入って体裁ばかり気にしていて
本当外見しか意識してなかった


だから肝心な時に力が発揮できないんだ

内面の本質を鍛えないと

成長しない

本当の大人にはわかるんだって


確かに明治維新をして

新しい国を作った人って質実剛健な人ばかりだよね

今は苦労してもいいから

目の前のことに一生懸命集中しよう パー


まずは明日の授業の宿題やらなきゃ(>_<)

今日はバイト先の


懇親会があり、西田さんの知り合いの麹町caffであったよ。にひひ


(=⌒▽⌒=)

おもにオーガニック系の料理で、

めっちゃ旨かったグッド!



西田さん、木下さんは東京の母かな音譜


西田さんには「かっこいい人になるために」みたいな講義され、田口さんは哲学について語ってもらった(^-^)/



「骸骨屋これも美人のなれの果て」夏目漱石の言葉なんだけど、人は誰でも死んでしまうということが言いたいらしい。


僕の周りにはまだ、ありがたいことに亡くなった人はいないから、よくわかんなかった。

ぼくには 死生観なんて全く身についていないわけで、

語ることはできない。



だからある程度年配の方と話す機会があると、つくづく思うのは、


言葉の重みが違うということだ。



普段何気に「好き」とか「嫌い」とか使うけど、年配の方は命がけで「好き」とか「嫌い」という言葉

を発している気がした。



命がけってことはその人のことを真剣に考えているということもできるだろう。

つまり本気で相手に対してぶつかっている。


これは死生観につながっている気がした。


話は変わるが今日、サークルおいていざこざがあったらしい。このサークル特有の人間関係の問題らしいのだ。



従業員さんとの関係で言い争いになった。

こちらが言うことも、大人が言うことも最もであったが、やはり、大人の意見は凄味が違った。


いくらこちらがものを言おうと、命がけで言っていない。だが大人は違う。自分の職業として意見を言っているのだから命がけである。



つまりはこちらが命がけで意見を言えば状況は変わるのかもしれない。


命がけでもの言おうと思う今日この頃でした。