ざっくばらん秋日記 -10ページ目

ざっくばらん秋日記

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今日はバイトの日

いつもどうり永田町に行った


資料作ったり
検索したり

充実してる(>_<)

しかも河野太郎さんのパーティーに参加させてもらいました


渡辺さんとかあんな大それたこと言っていいのかな(@_@)


とりあえず政治家は喋りを知ってる
改めて実感した


いろいろ出会いもあったし


てか帰りの電車で

太宰治の人間失格を読んだんだけど


俺と似てるのかなって

主人公は

自分を変人であると思っていた
だから皆に嫌われないように

無邪気を装おい
道化を演じる

そしていつのまにか本当のことが

言えなくなる


僕も昔はそうだった

人に対していいように見せようとして


表を見せない

それは虚の自分であって

本当の自分ではない
虚の自分=you

正の自分=I

つまり1人の人間の中で youを見ている


それって悲しい


虚の自分では焦燥感と悲壮感しか感じられない

そういった意味で人間失格という作品は

いい教訓だ


視点を変えると

虚の自分見てるのって

特かなって

要するに虚の自分と反対の行動を取ればいいのだから


正と虚
決して交わることのない二項対立


そこには人間の生の拠り所である

欲という壁がある


一切の欲を捨てきって
生きて行きたい



何が言いたいのかわからなくなったけど



自分の思うままに生きよう


明日も言ってやろう

YESとNO
はっきりと
今日は


友達と大戸屋で約三時間ぐらい


話した

やっぱり例えが下手だな


言いたいことのロジックは頭の中にあるのに


口からでる瞬間に

唾液で溶けるみたいに
何が言いたいのかわからなくなる



物事を分かりやすく説明したいのに



それができない


古人は引用が上手い

うまくなりてぇ

話の中で嫌いについて議論してたんだけど


俺って

その人のこと本当に嫌いなのかって

一つわかったのは

嫌い=嫉妬
なのかな

ある部分ではその人のこと認めていて

自分にないものをもっているから尊敬もする


それが自尊心を傷つけ
嫌いに なる


俺はコンプレックスの固まりか

コンクリートか


嫌いってことはその人の良さを認めてるわけで

なんて

器の小さな男なんだろう

明日はそいつの前で

言ってやろう
『お前、カッコイイ』
って


それを心の底から言いたい

『同じ魂と誇りをもった2人が


生きているうちに


心の底から


偏見や個人の利害関係
嘘といった生の拠り所を脱ぎ捨て

お互い丸裸になって

話がしたいもんだ』


カリギュラより