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寒く、薄暗い夕闇の中を家まで歩いて帰る。夏の暑さよりも、冬の寒さの方が私は好きだ。


冷たく澄んだ空気の中を、ブーツが奏でる重厚な音を聞きながら、物思いに耽る時間がいい。


街を歩く人々も、イルミネーションが輝く中にいれば楽しそうに見えるけど、


夕方という微妙なこの時間においては、誰も彼も寂しそうに見える。


辛さとか苦しさで見せる表情ではない。


それぞれの心の奥底にある、人知れない「切なさ」が作り出すものだ。


そんな人々の顔を見て、どことなく自分と似ているのではないかと、考えを巡らせる。


私はいつもそうやって、冬の夜道を歩いている。




「おかえり。今日はバイトないんでしょ?今夜はシチュー作ったから。菜緒、好きでしょう?」


お母さんは昼間は働きに出ているけど、夕方には帰宅していつも私の帰りを待っていてくれる。


そしていつも、腕によりを掛けた料理で私を迎えてくれる。


「うん、ありがと。楽しみにしてるね。」




私が、先生と付き合っていると知ったらお母さんはどういう反応をするだろう。


早くに夫を亡くして、一人きりで娘を育ててきたお母さんは、その娘の交際相手を知るとどう思うだろう。




夜、食卓にはサラダとパンも加わっていた。


「でね、色んな人が来るの。カップル、サラリーマン、女性の一人客とか・・・」


「そうなの?バーって、なんだか入りづらいイメージだけどねぇ」


「私もはじめはそう思ってたの!でも今は全然。結構ね、大学生がグループで来たりもするんだよ」


「そうなの?お母さんは、てっきり菜緒は大人の世界に飛び込んでいった勇気ある子だって思ってた。菜緒だけじゃないのね」


「大人の世界だなんて大げさだよ~お母さん。今はね、そんなんじゃないんだよ。結構店内も明るいし」


「そう・・・よかった、安心した。」


「何が?」


「・・・心配だったから、お母さん。菜緒は、小さい頃から内気な引っ込み思案だったし。家庭教師もすぐに辞めてしまったのに、今度のバイト先はバーでの接客だなんていうから。うまくできてるのか、気になってたのよ」


「・・・心配性だなぁ、お母さんは」


「あら、娘に幸せになってほしいと思ってるのはどの親も同じよ?」


「そんなバイトひとつで大げさな~。幸せがどうこうって話じゃないじゃん」


「わからないわよ。世界はグンと広がるんだから」


「世界・・・ねぇ・・・」


真っ赤なプチトマトをつまみ、上を向いてパクンと口にした。




「いい人とか、いないの!?」


突然のことで驚き、思わずプチトマトの果汁を噴出しそうになった。


「なっ、なに言ってんのお母さん」


「だって、ねぇ、菜緒もお年頃だし」


「そりゃ成人式も迎えて一応大人の仲間入りはしましたけど。そういうのは、全然だよ」


「不思議ー。お母さんが大学生の頃はもっと遊んでたのになぁ」


「え!?なになにそれどういうこと!?詳しく教えてよぉー!」




会話がお母さんの昔話にシフトして、内心ちょっとホッとした。


昔から友達のように何でも言い合えてきたお母さんと私だけど、やっぱり彼のことは言えない。


誰かと付き合っていることも、言えない。


幸せなことばかりじゃないから、言えない。




不倫しているだなんて、絶対言えない。