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年が明け、街ゆく人の表情がウキウキ、ワクワクといった明るいものになった。
大好きな人や家族と、ゆっくり時間を過ごせることが多いお正月は、きっと普段心にどんな悩みを抱えている人にも、
どこか楽しみや、希望を与えてくれるものなのかもしれない。
先生と一緒に過ごすお正月は2度目だ。先生は元旦、2日は家族サービスに費やすが、
3日は『研究とゼミ生の就職相談で』という打ってつけの名目で、私と会う決まりになっている。
先生がそうして、私に変な遠慮をさせないスケジューリングを組んでいるからこそ、
私は何の気兼ねもなく先生に会うことができるのだろう。
去年に引き続き、私たちはのんびり、ゆったりと2人の時間を過ごした。
学校やお互いの自宅がある横浜から離れて都内に出れば、知り合いに出くわすことはほぼ無い。
私は先生と手をつなぐことが大好きだ。
末端冷え性の自分の手が、先生のぬくもりと優しさで形成された手に包まれると、本当に温かくて心地良い。
早くに父親を亡くしたことも多少関係するのかもしれない。
小さい頃外にお出かけした時に、お父さんの大きくて温かい手をつないでもらうことが大好きだった。
小学校にあがる前に亡くなってしまったのでお父さんに関する記憶はあまり多くはないが、
無口で素朴なお父さんが、私の前を歩きながらそっと後ろに手を差し伸べる光景が鮮明に印象に残っている。
その手に、嬉しいくせに子供ながら恥ずかしさを覚えて、「嬉しい」という表情を見られないよう、そっと何も言わず自分の手を添えていた。
そしてその手をギュッと握り返してもらった感触が今でも忘れられない。
手をつなぐことが、無口な父と内気な私の数少ないコミュニケーションだった。
先生の手も、あの時の温もりに似た包容力があるのだ。
「お店はいつからなんだ?」
「えっ?」
「バイトだよ。バーの」
「あぁ、ごめんボーっとしてた。明日からだよ!」
「なんだ?何を考えてたんだ?」
先生が少し眉毛をハの字にして、微笑みかけながら言う。
「ごめん。ちょっと昔を思い出してて!」
私は手をギュッときつく握って微笑み返した。
「いいなぁ、菜緒はいつも楽しそうで」
「そう?…かな。うん、幸せかな。先生は幸せじゃないの?」
「いや、幸せだよ」
ニッコリ笑って答えた先生が、気のせいか何かを考えながら言っているように思えた。
「そろそろ帰ろうか」
初詣(先生は2回目だろうけど)、ドライブ、食事を終えて夕暮れに差し掛かったあたりで先生が切り出した。
「うん…」
去年は「ゼミ生の新年会のオールに付き合うから」なんて家に電話して、朝まで一緒に居れくれたよね。
今年は、違うんだ。
一緒に居られないのか…。
「なんで今年はだめなの?」
「私と朝まで居たくないの?」
そんな言葉が出ない自分が悔しい。
でも…言えない。
心許せる先生の前でもウジウジ虫な自分が情けない。
朱里に言ったら、いつも通り怒られるだろうな。それとも呆れられるかな?
はぁ…いや、仕方ない。これがいつもの私だ。
無意識のうちに、また先生の車の中で「はぁ」とため息をついた。
先生がそのサインに気づいていたのか否かは、今でもわからない。