金曜は今年始まって初ライブ、江古田バディに長谷川きよしを聴きに行く。



行きたいというので忍者と軍曹も連れて行く。


お客さんも多くて(といっても50人くらい)嬉しい。



忍者たちは今回は2nd setも聴きたいというので心配だったが帰らず突入。


寝てしまう訳でもなく全く問題なかった。


すこしオトナになってくれた、ともいえるけど他にも理由はあって、ふたりの大好きな「ふるいみらい」から7曲も演ってくれたので夢中だったのだ。


「こぶね」「イーグル」「ジョイ」「こんちゅう」「す」「がぺん」「にじ」


私も大好きだがわりとマイナーな曲集なので演ってくれるとは期待していなかったからとても嬉しい。



2set目の最初の2曲は生前親交が深かった浅川マキの曲、「だいぶ暗いコーナーになりますが・・」と笑いながら前置きして、「ふしあわせという名の猫」「赤い橋」をギターだけで演った。


聴いていてやはり浅川マキという人は稀有な人だったんだなと思った。


『赤い橋』

不思議な橋が この町にある

渡った人は 帰らない

昔、昔から橋は変わらない

水は流れない いつの日も



長谷川きよしが歌っても怖ろしくなかった。


作詞は北山修。

昨年亡くなった加藤和彦の「フォーク・クルセイダーズ」時代のメンバー、精神科医でもある。



その後、亡くなった友に捧げたジルベール・ベコーの曲「ラプサン(L'Absent)」。

この曲を聴くとどうしても長谷川きよしの傑作「アコンテッシ」でのパネさんのピアノが聴こえてきてしまい、このところずっとパネさんの演奏を聴く機会がない事を寂しく思う。


最近一緒にやっている仙道さおり(per)、林正樹(p)でのトリオも全然悪くないんだけど・・・



最後はいつもの曲『後姿(うしろすがた)』

素晴らしい。


「今だから ふたりとも 傷つかずに 

別れてゆけると あなたはいうけれど

苦しんで なにもかも 失っても

燃えている炎 消すことなど

ぼくにはできない


別れてゆく あなたの 

後ろ姿は見たくない


なんか絶対コドモと来るライブじゃないわね~


オトコと来るべきである。

昨日は夜お誘いがあった小さな落語会に行く。


かなり笑った。


その後の飲み会も参加。


20代の頃は色々なところで「常連」にならないよう注意していたが、最近そんなこともどうでもよくなってきた。

いよいよ節操がない。


昨日は常連さんのほかに、コミックを読まないのでよくわからないのだが、「○○の酒」という作品を書いた漫画家さんと担当編集者が来ていた。


編集者に興味があるから仕事の事を訊いてみる。


本当は自分がマンガを描きたかったくらいの漫画好きだから好きな分野の仕事で楽しいそうだ。


「僕は作家に恵まれてます」。ほんとだろうか。

「でも、いい作家さんでもいい作品が作れるわけじゃないし、反対に、やりにくい作家さんがいい作品作りますからその辺は難しいですねえ」。そうだろうねえ。


お付き合いのある漫画家さんの話や、東京オリンピックでサッカーを見に行った話題など、なんについてもやたら詳しい師匠の話をサッカー好きのその編集者さんと拝聴する。


昨日いらした漫画家さんは取材も兼ねてたようで、話題は前座修行のことになる。


噺家さんたちの前座時代について爆笑話が連発されるので涙が出る。


師匠から「博打と酒と煙草はやめなさい」と言われていたのに(「女はいいの?」と訊いたら「それは芸の肥やしだからイイんです」とのこと)、煙草をくわえ、右手に競馬新聞、左手に缶ビールを持って歩いていたところ師匠にばったり遭遇した噺家さん。


師匠が仁王立ちになって一言

「全部じゃねぇか!」


あ~もういつもツボなんだよな。

彼の話は。


着物のたたみ方、お茶の出し方、名だたる師匠たちにさまざまに無茶なお使いや用事を言いつけられ苦しめられた話、しくじった話を、目の前で実際に噺家さんがその滑舌の良さで畳み掛けて話すので抱腹絶倒。


円蔵師匠に「円○師匠みたいになるなよ」と会うたびに言われた話(その理由は含蓄がある)や、○朝師匠がいかにオバサンぽかったか(面白すぎ)、アダチ龍光師匠の凄み等々。


アサダ二世は阿佐田哲也氏の兄弟だとか。

知らなかった(あまり一般受けしないかもしれないが、私はあのアサダ先生の風貌と喋りを思い返し、感銘を受けました)。


途中、貴乃花が理事になったことが常連さん情報でわかり、一同色めき立つ(私か)。

落語家さんには相撲好きも多いのだ。

しかし引退興行の断髪式ではマゲを切らせてもらうのに10万払うんだという話になり、若手の噺家さんが「いいなあ、髪を切って貰って10万!おれたちもなんか切られるもんないかな」と口惜しがる。


当然のように、普段の噺家さんたちも本当に面白い。


最近、切羽詰ってたらジョン・リー・フッカーもライトニンもサンハウスも全然聴かない、聴くのはひたすら秋山一将の最新作と板橋文夫ばっかり。


日本人なのである。


You tubeってほんと凄い

イトコとこればっか言ってる。


板橋の名曲「グッバイ」がupされてる。

百回くらい聴いたかも。



昨日日曜日は一日(合気道もなく)ノーストレスで楽しく過ごせる、と思ったが夜、ピアノをなかなか仕事キッチリ弾かない忍者にキレる。


「このウチにはなあ、頭使うか、カラダを使うか、どっちかしないといられねーんだよっ 社会に出たらどっちか使わねーと認めてもらえねーよっ」


もう少しキレイな言葉を使わなければいけません。



で、肉体労働として夕飯の棒ギョーザをきっちり春巻の皮で包んでもらった。

サリンジャーが亡くなったそうだ。


その前に浅川マキも亡くなってた。知らなかった。

関係ないけど。


浅川マキには板橋文夫「グッバイ」、山下洋輔の名曲もある。


20年以上前、本多俊之さんと演ったライブだったと思うが、初めて見た時、やっぱり本物もコワイ人だなぁ・・・と思った強烈な記憶がある。


私の中ではなんというか女版唐十郎だ。


でも、唐さんの芝居を見た後の潔い孤独感よりもずっと苦しい気持ちが優る。


自分の中の普段は意識していない、無難に通り過ぎようとしている情念の周辺を掻き乱される。




サリンジャーはたぶん私が最初に現代の外国文学をリアルに感じた作家だったと思う。


中学2年くらいの時来た、教育実習生のお姉さんが、本が好きな私と話をしていて、実習の最後日にメッセージを渡してくれた。


その中に「ライ麦畑でつかまえて」を読んでね、とあった。


早速新宿の紀伊国屋書店へ行き、白水社のハードカバーを取り寄せた記憶がある。


読んでみると「ライ麦畑」はあまり面白くなかった。


なんというか、コイツ自意識過剰、と思った。


社会なんて不条理に決まってる、とまだなんにもわかってないのにわかった気になっていた。


アップダイクやカポーティみたいな「大人」の小説のほうに惹かれていた。


でも、やはり何か気になったんだと思うが、次々に他の作品を読んでみてそちらはどんどん好きになった。



『大工よ屋根の梁を高く上げよ』『バナナフィッシュにうってつけの日』『コネティカットのひょこひょこおじさん』

ポップ過ぎて意味のわからないタイトル。


ポップなものがイマイチわからない私なのに、内容はちっともポップじゃなく、それぞれ重い「人生」そのものに思えた。



そして『フラニーとゾーイー』を、その後10代の頃、何度読んだかわからない。


そんなに何度も読んだのはあと漱石くらいだ。


登場人物は此方も充分自意識過剰な人ばかりだったが、「ライ麦畑」の語り口に慣れていたからかあまり気にならず、当時アメリカの中産階級(なのかな?)のライフスタイルのディティールも会話も私にとって斬新で夢中になった。


なんといっても、あの家族が好きだった。


ひとりでいるのが何より好きな自分だがきっとどこかで人一倍、他者とのつながりに希望を抱いていると思う。


ちょっと感傷的になってるな。


「zen」(禅)にも興味を惹かれた。


友だちも先生も誰も「禅」の話をしないのに遠い国の作家が東洋の宗教を語っているのがカルチャーショックだったと思う。


本文に出てくる、母親の作ったチキンスープを飲む行為と「太っちょのオバサマ」は私の当時のキーワードだった。


それから何十年経て、私はチキンスープをちゃんと飲んでいるのだろうか。

昨日はボランティアの事務仕事と打ち合わせを午前中で無理矢理終わらせて、午後から友人と約束していた西荻散策へ。


友人ロッタは天気も良いので自転車で行くと豪語。


大丈夫かなと心配したら「30分で着いた」と余裕だった。

ママチャリで来るんだからほんといい根性してる。


ロッタ推薦のポムドテールでアボカドと生ハムのベーグルやキッシュを購入。

ブラブラして、北欧ものアンティークショップに寄ったりしてたら路地にパン屋さんを見つける。

「えんツコ堂」さん。変わった名前だ。

チーズスコーンもエピも美味しい。


食べてばかりもアレなので、さらにブラブラしていると、かかりつけの病院があってよく行く横丁の先に昭和っぽい古本屋を見つける。


ゴゴシマヤさん。


店先に趣味のいい絵本が並んでたので入ってみたら中もほしい本ばっかりである。


殆どのものがほしくなりそうだったから全部の棚を見るのはやめておいた。


しかし気付くと既に3冊手に持っていた。


discover great painting」はロンドンの出版社が出している子供のためのアートブック、絵画の名作をクイズにして解説しているのだが、私が読んでも面白い。


大判の見開き右側に絵、左側にその絵の中に描かれてる色々なものが取り出されて並んでいて、易しい英語で質問がある。


たとえばボッティチェルリの「春」、左端にいる逞しい男の子が履いてるブーツの普通じゃないところは?


答え。


彼はマーキュリー(ヘルメス)、神々の使者なので、空を早く飛べるようにブーツは足の指先のところが剥き出しになっている不思議なもので、さらによくよく見ないと全くわからないのだが、ブーツ自体に羽がついているのだ。


この名作の謎に久しぶりに興味が湧いてくる。


フランスやイタリア、N.Y.のメト、海外の美術館に行くとどこでも、ゾロゾロ子供たちが列を作って入ってきて、格別絵画に興味がなさそうな悪ガキもおとなしく学芸員の話に耳を傾けていた。


学芸員が絵の中の色々なところを指差して情熱的に解説して、子供たちが質問なんかもしている光景が羨ましくて印象に残っている。



この本でそれが出来る訳だ。


画家はベラスケス、ブリューゲル、ゴッホ、アンリ・ルソー、最後はなぜかホックニーまである。

まあイギリス人だからだろう。


日本でも、浮世絵や日本画を子供たちに面白く解説する素敵な本が出ればいいのになあ。



もう1冊ボランティアでやってる読み聞かせにちょうどよさそうな子供の本を買う。


アフリカの草原に暮らす女の子が迷子になり子象と彷徨うというあらすじのポール・ジェラティ「ちかい」。


強烈な絵も似合っているが、どうも私はファンタジーというよりはキビしい現実をホレ見ろホレ見ろと迫るような本を選ぶ傾向にある気がする。


ま、ヘンなのを読む人間もいていいかと思ってはいるんだけど。



3冊目は田口俊樹訳というのとタイトルに反射的に飛びついていた、ジェフリー・アーチャー「獄中記」。

300円。

申し訳ない。


しかしこの人もとんでもない人だよな。

現存する「波乱万丈人生」世界の100人に入るくらいの人ではなかろうか。

100はムリか。

1000には入るな。

ムダに真剣に考えてしまった。


世界中にはきっとまだまだ奇想天外な人生を送ってる無名人がいるであろう。

私なんか全く大した目には合ってないということだ。



「夢飯」でチキンライスとマレーカレーを食べながらウダウダし、またちょっと近所をウロウロしてから南口の飲み屋「戎」へ行く。


流石にここでひとりで飲むのはオヤジの私でも無理なので、アケタの店に行く時もいつも我慢。


なので10数年以上行っていなかった。


平日の午後4時過ぎ、中に入ると周りに座ってるのは悠々自適のおじいちゃんばかり、目の前に座ったロッタちゃんが全く店構えにそぐわず、なんだか可笑しい。


前の店から飲み始め「最近たくさん飲んでも酔わない」と愚痴りながら熱燗をクイクイやり「でも大丈夫、溺れてないから」と言い訳する私を見つめ、ロッタは「日の高いうちから飲むっていう事が溺れてるってことなんだよ」としっかり言った。


やっぱりそうか。


兎に角、西荻散策は楽しかった。

私のいいところは、たまに頑張るとちゃんと見返りがあることなのだ。


あ、これって、私のいいところじゃなくて、私の幸運なところ、だ。



前のボランティアの時も、養護学校に通っている息子さんが作ってくれた素敵なぐい呑みや小皿をいきなり手渡して下さった方がいて、それでお酒を飲むたび(しかし何故私が酒飲みだとわかったんだろう)温かい気持ちになる。



昨日は、家で書類を書いていたら突然の訪問者。


企業秘密だからと友人に口止めされたので詳細書けないが、私も波平も大ファン、J-WAVEピストン西沢の「groove line」関係と、我が家全員が尊敬する人ナンバー2くらいの地位にあるさかなクン関係のものを山のように頂いた。


少し前にピストン西沢の話になったのでそっちはわかるのだが、なんで我が家がさかなクンファンかもしれないと思ってくれたんだろう。



聞くところによると、ピストンファンも、さかなクンファンも世の中には殆ど存在しないという。


いるところにはいるんですよ。


ほんとにピストンさんの番組聴いてると、悩んでることがど~でもよくなるもんね。



私はそのあと仕事に出掛けたが、帰宅してプレゼントの山を見た波平が狂喜乱舞で私の仕事場にメールをしてきた。


「今日は××さんがお見えになったそうで、ステキなものを頂きまして有難うございました」

って、なんでアタシに敬語でお礼を言ってくるのか。

日曜は29回目の合気道。


一週間前の日曜があまりに久しぶりだったため、気分的にかもしれないがとてもやりやすかった。



後ろ受身は必ず回転する事に決めてやってみたけど吐かなかったし。


最近、ずっと30人くらいはいつもお稽古しているのも、なんとなく気が楽だ。


といっても白帯は私とローレンス君だけなので(しかも先日彼は昇級して1級に。あんなに力強いのにまだ1級なんだ・・・と)、「申し訳ない」感は相変わらずだ。


でも最近はH先生になんとなく助けを求められるようになってきて、色々丁寧に教えて下さるのでだんだん教わる事には慣れてきた。


そういえば将棋の名人風A先生や古武士風W先生のお姿を最近は全然見ない。


たぶん大抵Y大先生が来て下さるからかもしれないけど。



今日は、Y大先生は「気骨」「気概」を常に持って、対するように、と仰った。


難しくてよくわからないが書いておこう。



よくあることだが、Y大先生の技は、殆どが複雑に見えるので皆がやり始めてから「入り身だったんだ!」などと仰天する。



五段のW先輩から教わる。


基本の一教は、取りが肚に力がなかなか入らず手で押すだけになってしまい、それはよくわかるのだがどうしたらいいかわからない。


すぐW先輩も気付いて

「前へ行くだけなんだけどね・・」

と気にして下さる。

が終わってしまったのでちょっと残念。


受身でさえいまひとつよくわからない。


と言ったら

「腰とヒザと足首を同じラインに向けていくと怪我もしないよ」

と教えてもらった。



本当に久しぶりにお会いした先輩もいて嬉しかった。

今日は午前中から仕事、駆け込みで午後5時から合気道、夜は7時から駆け込みでボランティア関係の報告会で事態の収拾、と全然日曜じゃない感じ。


しかも仕事じゃ、愛すべき皆さんに相変わらずヒドい扱いを受けるしさー

(内輪のコンサートをした)


ま、大変に充実した日曜でございました。


ピアノを弾くって、生きてる中で私にとってやっぱり重要項目なんだよね。

なのにだいぶサボッてます。

それを再確認させられた。


最近すっかり「聴く」事だけで精神状態を良好に保ってる私だけど、ほんとは当然「弾く」ことも合わせて両方あるのが断然いい。


指動かすのって、心身の健康のためにとても大切なことなんです、整体的にも。



今日も、生徒の皆様がいかにピアノを愛しているか再確認させて頂きました。

素晴らしいよね、「なんか弾いて」って言うとすぐ色々弾けるんだから笑



好きでやってかつ上達していることほど幸せなことはないと思う。



数日前にも書いた気がするけど、最近、仕事が精神の安定を保つ場になってる私も幸せだ。


この2週間、ボランティア関係の成り行きが不安で日々収拾に追われる




結果って、大人になるとすぐ出ないものだな。




ラジオの人生相談で永六輔さんに相談したい。


「わたしはひとりっ子でしかも10代までは文豪と暮らしていて、他に会話する人は殆どありませんでした。

その後は文豪との生活も続けながら、ジェフ、ジョー、イアン、スチュアートなど刺激的な人たちと付き合い、それ以外の時間は旅に出ていたので、社会に出ていなかった。

急に母というものになった時、周りの母たちが子どもの事ばかり話す意義が全く見出せず、どうしても時々現実に対応し切れず虚しいのですが、今後どうしたものでしょうか」



人間としての心掛けがそもそも間違っていると一刀両断されそうだ。


文豪たちとは書物を通して、ジェフ・ベックやジョー・ストラマーやイアン・マカロクやスチュアート・コープランドとは音を通して一方的にしか交流がなかったので、30代まで生身の人たちと付き合う経験が殆どなかったから今は子どもを通して全く違う価値観の人だらけの中で生きていることが苦痛だ。




仕事は心の休息の場だ。

ありがたいことです。



最近すごく思ったこと。

職人は、無口じゃなきゃ信用できないと思う。

昨日は新年初合気道。



今月は3回しかないので、どうしても行きたいと思い、朝から緊張していたが、2時間前から本格的にせっぱつまる。


他の仕事に追われながら時間を気にしていて、忙しいからこれじゃ行けないよなーなどとチラと考えたりもしたのだが、15分前になるとなぜか胴着を手に持っていた。



道場に着くと、会う先輩会う先輩に「今年も宜しくお願い致しますっ」と目を見ずに言う。


Y大先生にお会いするのもお久しぶりなので一段とマブしい。


やはり、全然クルクル回転してなかったのですぐに息が切れた。

情けない。


時計をいつになく何度も見てしまい、しかも進むのがやたら遅い。



1時間15分くらいやったところで、一度垂直に落とされてから呼吸投げで投げられる、のを繰り返し、次の技で完全に首をそらされながら締められる技で遂に・・・

雪隠で撃沈。

なんてライムってる場合じゃない。


今までで一番盛大に吐いたが、用心して5時間くらい何も食べてなかったので出るものは胃液だけ。


フッフッフ。

水を飲んだらスッキリする。

断食ダイエットもこんな感じかしらね~やらないけど。



終わって、モン先輩が「今日は来るのがコワかったわよ~」と。



「先輩でもそうなんですか?!」

またまた勇気づけられる。


でも私だから怖いんで、ずっとやってれば全然そんなことなくなるんだと思ってたから、ある意味ガッカリ。のような。



モン先輩に、色々教わる。


前受身より、後ろ受身が基本なんだそうだ。

前は、「逃げてる」と言われる。


へえへえ~そんな。

確かに、最近は「前」の方がやり易い、と思ってたもんな。


でも、Y大先生は、前じゃないと危なくて受けられないんだそうだ。


ひえ~~~。



ヅカ軍団(女性陣は宝塚音楽学校にいそうな人ばかりなのだ、顔や態度も常にめちゃくちゃキリッとしてらっしゃるし。その上、全員袴姿なのでまさにタカラヅカ)にもお話してもらえたし、少しづつ私がいる(本当におジャマだと思うけれど・・・)ことに慣れて頂けるといいな。



大した運動量でもないのに(皆さんに比べれば、の話。私的には悶絶的限界)終わったあとのこの達成感。


帰宅して晩御飯を作りながら本当に爽快。




覚えておくこと。


受けを取られる時、しっかり取られたいのか、すぐに自分のやりやすい位置に誘導したいのか、はっきり決めて、対処すること。
どっちつかずはダメ。



転換した時は顔もちゃんと転換した方向へ向くこと