最近ふと思った。
私は、
「人に何かを教える人」
というより、
“その人自身も気づいていない感情を、
そっと見える形にする人”
なのかもしれない。
人って、
ちゃんと笑っていても、
ちゃんと会話していても、
心の奥では
説明できない違和感を抱えていたりする。
苦しいのに
「苦しい」が言えなかったり。
怒っているのに
「怒ってる」と思うことすら
許せなかったり。
寂しいのに、
平気なふりを続けたり。
でも、
そういう“言葉になる前の感情”って、
確かに存在している。
私は昔から、
言葉そのものより、
その奥にある温度や、
呼吸や、
沈黙や、
違和感の方を見てしまう。
だから、
営業感のある言葉や、
無理してる優しさや、
本音を隠した笑顔に、
すぐ気づいてしまう。
でもそれは、
人を責めたいわけじゃない。
「無理して壊れていく感じ」
に反応してしまうだけ。
だから私は、
誰かを正すより、
“その人の感情に輪郭を与える”
ことをしたいんだと思う。
あなたは今、
本当は何を感じているのか。
なぜその言葉に引っかかったのか。
なぜそこまで頑張ってしまうのか。
そんな、
まだ名前のない感情を、
言葉や世界観や、
時には幻想的な表現に変えて、
そっと可視化する。
それが、
私にとっての
「感情可視化クリエイター」
という在り方。
誰かを変えたいわけじゃない。
ただ、
「自分の感情を、
自分でちゃんと見つけられる人」
が増えたらいいなと思ってる。
見えない感情には、
時々、
“形”が必要だから。



