感情可視化クリエイター

感情可視化クリエイター

言葉になる前の感情や、説明できない違和感を、世界観と言葉で可視化しています。“自分でも知らなかった本音”に、そっと輪郭を与える感情可視化クリエイター。

三姉妹の末っ子。
自由が好きで、「正解」に縛られるのが少し苦手。

未婚での妊娠・出産、シングルマザー、再婚。
振り返ると、なかなか濃い人生を歩いてきました。

若い頃は
「私が我慢すれば丸く収まる」
「ちゃんとしなきゃ」
そんな思い込みを握りしめて生きていました。

母として、妻として、
理想の家族像に近づけようとして、
無意識に人を、そして自分を
コントロールしていた時期もあります。

でも、どれだけ頑張っても、苦しかった。

学びや出会いを重ねる中で、
問題だと思っていた出来事の多くが
「出来事そのもの」ではなく、
自分自身の在り方だったと気づきました。

言いたいことを言っていい。
我慢は美徳じゃない。
本音を伝えることは、
壊すことじゃなく「つながること」。

そう腑に落ちてから、
人生も家族関係も、少しずつほどけていきました。

現在は三人の子どもの母。
そのうち二人は、発達障害の特性を持っています。

責めて、迷って、揺れて、
それでも向き合い続けた先で、
今はこう思えています。

この子たちは、このままでいい。
私も、このままでいい。

このnoteでは、
子育て、家族、感情、思い込み。
そして
「自分の本音で生きること」について、
綺麗ごと抜きで綴っています。

どんなお母さんも
どんな子どもも
そのままで、ちゃんと愛されている。

そう思えない日があっても大丈夫。
必要なことは、必要なタイミングで起きるから。

最近ふと思った。


私は、

「人に何かを教える人」

というより、


“その人自身も気づいていない感情を、

そっと見える形にする人”

なのかもしれない。


 


人って、

ちゃんと笑っていても、

ちゃんと会話していても、


心の奥では

説明できない違和感を抱えていたりする。


 


苦しいのに

「苦しい」が言えなかったり。


怒っているのに

「怒ってる」と思うことすら

許せなかったり。


寂しいのに、

平気なふりを続けたり。


 


でも、

そういう“言葉になる前の感情”って、

確かに存在している。


 


私は昔から、

言葉そのものより、


その奥にある温度や、

呼吸や、

沈黙や、

違和感の方を見てしまう。


 


だから、

営業感のある言葉や、

無理してる優しさや、

本音を隠した笑顔に、

すぐ気づいてしまう。


 


でもそれは、

人を責めたいわけじゃない。


 


「無理して壊れていく感じ」


に反応してしまうだけ。


 


だから私は、

誰かを正すより、


“その人の感情に輪郭を与える”


ことをしたいんだと思う。


 


あなたは今、

本当は何を感じているのか。


なぜその言葉に引っかかったのか。


なぜそこまで頑張ってしまうのか。


 


そんな、

まだ名前のない感情を、


言葉や世界観や、

時には幻想的な表現に変えて、

そっと可視化する。


 


それが、

私にとっての


「感情可視化クリエイター」


という在り方。


 


誰かを変えたいわけじゃない。


ただ、


「自分の感情を、

自分でちゃんと見つけられる人」


が増えたらいいなと思ってる。


 


見えない感情には、

時々、

“形”が必要だから。



発達障害。


その言葉を初めて聞いた日から、

私の子育ては大きく変わりました。

正直に言うと、

それは「穏やかな育児」ではなくて

どちらかというと「戦い」でした。

何が正解なのか分からない。

どう関わるのがこの子にとっていいのか分からない。

周りと比べてしまったり、

出来ないことばかりに目がいったり。

「なんで?」

「どうして?」

そんな気持ちと同時に、

「私の育て方が悪いのかな」

「私がちゃんとしてないからかな」

気づけば、自分を責めることも増えていました。

発達障害という言葉に振り回されて、

不安や葛藤と一緒に過ごした毎日。

でもその中で、

私がずっと大切にしていたものがあります。

それは「笑顔」でした。

この子はちゃんと笑えているかな?

目が死んでいないかな?

無理して笑っていないかな?

どんな状況でも

この子の笑顔だけは守りたい。

それが、

私の子育ての軸でした。

子育てって本当にしんどくなる時があります頑張っても当たり前で、

誰にも褒められない。

感謝されることも少なくて、

報われないと感じる日もある。

気づけば、心がすり減っていて

世界が色を失ったように感じる日もありました。

それでも子育ては止まってくれません。

逃げたくなる日もある。

何もかも投げ出したくなる日もある。

でも、そんな時に思ったんです。

「誰かに話せたらよかったのに」って。

「しんどい」って言える場所があれば、

もう少し楽になれたのかもしれないって。

ただ話を聞いてもらうだけでもいい。

否定されずに受け止めてもらえるだけで、人は少し救われるものだから。

子育ても後半戦に入った今、

あの頃の自分を振り返ることがあります。

あの時の私は、よく頑張ってたなって思う。


そして同時に思うんです。

今度は私が、あの頃の私みたいに頑張っている人に何かできたらいいなって。

心が少し軽くなる時間。

安心できる場所。

そんなものを届けられたらいいなと

思っています。

正直、まだ何も形にはなっていません。

どうすればいいのかも、分かっていません。

でも、不思議と

少しワクワクしている自分がいます。

あの時の経験が、

誰かの支えになる日が来るかもしれない。

そう思える今が、少しだけ誇らしいです。



ある夜、長女から少し強めの愚痴が届いた。


「あの人の仕事ぶりは納得いかない!

お客様の為になってない!」


社会人になってから、彼女は時々こうして想いをぶつけてくる。


お客様のために働きたい。

ちゃんと価値を届けたい。


その気持ちは、本当に素敵だと思う。


そこを忘れずに働こうとしている長女を、

私はやっぱり誇らしく思う。

(はい、親バカです。笑)


でもね。


彼女の思う100点の接客が、

みんなにとっての100点とは限らない。


正義も、やり方も、想いも。

100人いたら100通りある。


長女の中では100点でも、

誰かにとっては「そこまで求めなくてもいい」と思うかもしれない。


逆に、

「そのやり方はちょっと違う」と感じる人もいるかもしれない。


自分の正解を

全員に当てはめようとした瞬間、


「あり得ない!」

「やってられない!」


と、心は揺れ始める。


でもそれは、


“自分のものさし”で

世界を測ろうとするから起きる摩擦。


みんなそれぞれ、

その人なりの100点を目指している。


自分以外の100点を

「そんな考え方もあるのか」と

少しでも認められたとき、


人はぐっと楽になる。


私は私。

彼女は彼女。


線を引くことは冷たいことじゃない。

むしろ、ブレずに生きるための優しさだと思う。


みんな違う。


善悪の感じ方も、

大切にしていることも、

目指している理想も。


それでいい。


違うからこそ、

ぶつかるし、学べるし、成長できる。


そんな話を、

少し長めに語る母なのでした。笑



ただ話せる90分をつくりました。


アドバイスはしません。

正解も出しません。

ただ、安心して本音を置いていける時間です。


最近ちょっと疲れている方。

誰にも言えない気持ちがある方。


まずは1名だけ募集します。


料金:3,000円(モニター価格)

オンライン90分


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