三期生が加入してから数ヶ月。慣れたとは言えないが、新メンバー達も最初の頃に比べれば徐々に馴染んできていた。
そんなある日、遠藤理子と谷口愛季が楽屋を訪れると、一期生、小林由依がソファーでぐっすりと寝ていた。
「こうして寝ている所をみると……」
「かわいい……ね」
遠藤と谷口は小林のギャップに癒しを感じていた。クールなイメージとは違い、まるで子犬のような寝顔を浮かべて寝ていた。
「写真撮ったら怒られるかな」
そんなことを谷口が口にした。活動の一環だから自撮りやツーショットをすることが多いが、実際は写真を撮られるのは好きではない可能性もある。それにこれは立派な盗撮だ。まだ小林のパーソナルな部分が分からないため、谷口は躊躇したのだ。
「さすがにそれは……。目に焼き付けておこうよ」
「く……。そ、そうだね……」
遠藤の言葉に同意を示す谷口だったが、内心諦めきれていないことが、歯切れの悪い言葉から見てとれた。
すると、二人の物音が気になったのか、小林は小さくうめきながら、目を覚ました。
「あ、す、すいません! うるさかったですよね! ごめんなさい!」
ぼんやりと目を開けて二人を見つめる小林。自分達のせいで起こしてしまったと思った二人は、急いで頭を下げた。
しかし、小林は特に気にする様子もなく、二人を見つめていた。
すると、突然小林は谷口の手を引っ張り、自分の方へと寄せた。
「え、? え?」
何が起きたのか、状況が飲み込めない谷口はただ困惑した。遠藤もポカーンとしている。
「ひかる……。まだ起こさないで……」
ひかる。そう口にしてぎゅっと谷口を抱きしめると、小林は再び眠りについた。
「理子……。わたしは……森田さんに怒られるかな?」
「残念だけど……見つかったらそうなるね」
二期生の森田ひかるが小林を慕っているのは周知の事実だ。しかし、メンバーという関係には留まっていないことをこの時二人は察した。
このタイミングでひかるがやってきたら、そう考えると愛季は急いで離れなければならないが、寝心地が良く、なかなか離れられなかった。
「おはようございます!」
そのタイミングでドアが開いた。入ってきたのは松田里奈。二期生にしてキャプテン。そして数人のメンバーの中にひかるもいたため、遠藤と谷口はもう全てを諦めた。
「おはよう! 理子ちゃんに愛季ちゃん……ってあれ? 愛季ちゃん?」
元気よく挨拶をする松田。そして異変に気づいてしまった。谷口の頭の中ではどう言い訳をするか、頭をフル回転させていた。
「あの! これはですね!」
言い訳を考えながらひかるの方を見る。真顔だ。怖いくらい真顔。遠藤理子はその場からそそくさと離れた。
(理子ー! たすけてえー!)
心の中で助けを求めるものの、当然谷口の声は遠藤には聞こえていない。向けられる視線から逃れるように、遠藤は近くの椅子に座った。
「愛季ちゃん」
「も、森田さん。これは違くてですね!」
慌てる愛季。徐々に近づいてくるひかるに必死に言い訳をしようとするが、焦って言葉がなかなか出てこない。
すると、ひかるは突然笑顔を浮かべた。
「由依さんに抱きつかれると、落ち着くでしょ?」
「え?」
かけられた言葉は予想外のものだった。
「ごめんね。急に抱きつかれたんだよね? 由依さん疲れてるからさ。許してあげて」
「え、あ、いや、わたしのほうこそ、ごめんなさい?」
谷口はひかるは自分の考えていることを察してくれた。そう考えた。とりあえず怒られることはない。そう思った。
「……私だけの特等席なんだけどなあ」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
谷口は自分の思考を改めた。彼女は怒っている。笑顔で言っているが、目は笑ってなかった。今すぐ離れろと言いたいところをオブラートに包んでいるだけだと、谷口は思った。
「んん…? なに? うるさいなぁ……」
そんなところで小林が目を覚ました。
「んん? 愛季ちゃん……? あ、ごめん!」
そう言って谷口は解放された。しかし、別な人間からの圧はしっかり感じていた。
その後の空気はやや重かった。谷口の正面にひかる、横に小林。谷口はすぐその場から離れたかった。
「由依さん」
「なに?」
「どういうつもりですか?」
「なにが?」
「言わないとわかりません?」
怒りの矛先は小林へと向かった。
「だからごめんって。ひかると間違えたの」
「身長が同じくらいだからですか?」
「まぁ……そうなる、かな?」
正直に答える小林に、あからさまにひかるはむすっとした顔を浮かべた。
「小さいなら誰でもいいんですね」
「そんなこと言ってないよ。でも間違えたのはほんと……。だから、ごめんって」
「……許しません」
自分の間違いに言い訳することなく、謝る小林に、ひかるはそっぽを向いた。
「どうすれば許してくれる?」
「……私は抱きしめてくれないんですか?」
「ううん、抱きしめるよ」
そう言ってひかるを抱きしめる小林。それに少し怒りが和らいだのか、ひかるは嬉しそうに目を閉じた。
「撫でてください」
「喜んで」
小林がひかるのリクエストに応え、優しく頭を撫でる。次第に顔が綻んでくるひかる。谷口はただひたすらその光景を見ていた。
「ん。キスは?」
「はへ!?」
これには小林だけでなく、周りのメンバーも驚いた。
「ひかる!? ここ楽屋!」
「理子ちゃんや愛季ちゃんびっくりするやろ!」
近くにいた松田や井上が暴走しかけているひかるを止めようと声をあげる。
「だって由依さんが悪いんだもん」
「確かに由依さんはちょっとあれやけど、それでもここじゃダメ!」
「そう! 由依さんはあれだけど! 一旦落ち着きなさい!」
「お前ら二人私のこと馬鹿にしてる?」
必死な二人の説得に少しは落ち着いたのか、ひかるは拗ねたままであるが、小林の腕の中で大人しく撫でられ続けた。
「ごめんね、二人とも。私が愛季ちゃんとひかるを間違えたばかりに……」
「い、いえいえ。私の方こそごめんなさい。ひかるさんからすれば怒って当然です」
「怒ってないもん」
「もーそんなあからさまに拗ねないでひかる。ちゃんと今日お詫びするから」
「……絶対ですか?」
「もちろん」
どうやらなんとか静まったようで、その場にいた小林達は安堵の顔を浮かべた。
「それより、二人とも。このことは他の三期生に言わないでね」
「もちろんですよ。言うわけないじゃないですか」
遠藤はそんなこと言われるまでもない。と言わんばかりに返事をした。他の三期生に伝え、そのことがひかるの耳に入った場合、今度こそ自分達がやばい。そのことに危機感を覚えたからだ。
(にしても……)
「由依さん。わたしは由依さんのこと大好きですよ?」
「私もだよ。やっぱりひかるに抱きついてると落ち着く」
「もう間違えちゃダメですよ?」
「分かってるよ。もう間違えないようにずっと抱きしめてようか」
「ふふ。お願いします」
(この二人はかわいいなあ)
目の前でいちゃつき出す小林とひかるを見て、遠藤と谷口は先ほどの修羅場を忘れて、癒しを感じていた。