羽付き
河川敷
「………寒い」
1月1日 時刻 13時30分。新年早々 羽付きをしたいということで平手に呼び出され、待ち合わせ時間に来たものの、当の本人が姿を見せない。
「もー待ち合わせから1時間経ってるんだけど……」
「え、連絡くらいよこさない?普通」
河川敷の階段に座って、買ってきた肉まんを片手に平手からの連絡を確認するものの一切きていない。 鈴本はさては二度寝したのだろうかと思いライン電話をすることにした。
「…………あ、もしもし? 今どこ? 待ち合わせ時間だいぶ過ぎてるんだけど?」
『ごめんごめん。もうついたよ。後ろみて!』
そう言われ、後ろを見るとリュックを背負って、自転車を漕いでいる平手がいた。自転車に乗ってるなら電話出なくても呼べばいいのに、と思いつつ電話を切った。
「遅いよ。せめて連絡くらいよこしなよ」
「いやぁごめんごめん。ちょっとバスに乗り遅れちゃって」
「平手いつもバスなんか使わないでしょ。てか自転車乗ってんじゃん!」
「あ、バレた? 実は夢のバスに乗って寝過ごしたんだよね」
「普通に二度寝って言えよ」
''こういったやりとりもいつも通り。軽口を言い合う仲。平手が時間を守ることは少ないが、こんなことで嫌いになることもない''
''思いつきや行き当たりばったりで引っ掻き回されることがよくあるが、退屈はしない。''
「よし、じゃあやろうか」
そういって平手がリュックを開け準備をはじめたとき鈴本が異変に気付く。
「ねぇちょっと待ってちょっと待って」
「なに? どうかした?」
「……いや逆におかしいと思わなかったの?」
「なんだよ新年から。羽付きやろーって言ったじゃん」
もう既にやる気満々だった平手は水を差され、少し顔をしかめ、不満気に鈴本にそういった。
「いや……だってそれバドミントンでしょ」
「……あーごめん鈴本は中学の時テニス部だったもんね。テニスラケットの方がよかった?」
「いやそういう問題じゃないんだよね。羽付きじゃないことが問題なんだよ」
「バドミントンのあのシュパってうたれるやつ羽っていうし羽つきだよ」
「バドミントンやってる人に怒られるよ?」
平手の抜けっぷりに鈴本は少々呆れながらもバドミントンのラケットを握る。平手はそれをみて満足そうに微笑んでいた。
「じゃー、負けた方が右足を折るってことで」
「怖いよ。なんで新年から罰通り越したデスゲームしようとしてんの?」
「縁起を祈るって意味で」
「それ役者同士が舞台前に言うやつだよね?しかも実際に折るわけじゃないよ?」
「じゃあ、ジュース奢りで」
「賭けとかいいよ。新年は平和に行こうよ」
「鈴本ー 負けるのが怖いんかー」
「なにその安い挑発。賭けるならやらないよ」
「ビビってんのかー 栗太郎」
「…………」
「なに黙ってんだ栗本」
「………1番高いやつ買ってもらうからね?」
「いいよ。負けないけどねー じゃあ よーいスタート!」
「いーち!」
「にーーー!」
「さーん!」
平手の合図と共に平手から羽が飛ばされる、
どうにかして平手を負かしたいと考えた鈴本は
できるだけ、平手が落としづらい位置に打ち返すものの、平手もそれに合わせてついてくる。
元々 運動能力はお互い高いからか、互角のラリーが続く。
河川敷には平手と鈴本の掛け声と羽を打ち返す音が延々と響いていた。
---1時間経過
「はぁ……251!!!!」
「はぁ……はぁ…… 252!!!」
誰も河川敷をいないことをいいことに河川敷を広く使ってラリーをしていた。
ここまでくるとお互いに体力もなくなり、もう辞めたいとは思うものの、負けたくないと言う気持ちが先行し、意地をはってしまう。
「253!!……あ、」
「あ、ちょっと!」
鈴本がつい河川敷の向かい側へ羽を高く飛ばしてしまうと、咄嗟にそれを追いかけて平手も走る。
「はぁ…… はぁ……疲れた」
走り出した平手をみて 体をかがませて息を吐く。追いついて返されたらもうやめよう。そう思いながら上体を起こした。
「254!!………あ…やば……」
平手が追いつき羽を打った瞬間、通行人の横顔に当ててしまった。驚いたかのようにこっちを見ていた。しかも見覚えがある人だ。
「…………平手さん?」
「……あけましておめでとうございます。守屋先生」
「あけましておめでとう」
「…………」
「…………」
彼女は守屋茜。平手と鈴本が通う学校の教師で、平手が所属するクラスの担任だ。
急いで近寄ると名前を呼ばれ、挨拶をする
「平手さん?」
「はい。なんでしょうか」
「あなたはこんなとこでなにしてるの?」
「えーと羽付きをしてました」
「………あなたの持ってるそれはバドミントンのラケットじゃないの?」
「バドミントンのラケットを使った羽つきです。バド付きです」
「そう。まぁそんなことはどうでもいいんだけど、わたしさっき神社に行ってきたの」
「はぁ……正月ですからね」
「おみくじ引いたら凶が出たんだけどね。 なんて書いてあったと思う?」
「………いやちょっとわからないですね」
「『仕事では身の回りの人のことで苦労する』だって。平手さん?今日はまだ正月なのよ?私もまだゆっくり休みたいのよ?」
「…………羽ぶつけてすいませんでした」
「元気なのはいいんだけど……程々にね? ……鈴本さんも!」
「!?」
平手が守屋に怒られてる間にバレないよう身を隠そうとしたものの、急に大声で呼ばれ鈴本はビクッとして、守屋のほうをみた。
「あなたと平手さんは常にセットね。仲良いのはいいことなんだけど……そろそろ高校生らしい振る舞いをしましょうね?」
「はい。ごめんなさい」
「2人とも。今年もよろしくね」
「「はい。今年もよろしくお願いします。守屋先生」」
「じゃ、休み明けまた学校で。あ、そうそう冬休みの課題はちゃんとやってね」
「「………はい」」
それだけ言い残して守屋茜は去っていった。
2人は去ってくる彼女の背中をしばらく見つめていた。
「……鈴本」
「なに?」
「なんのジュースが飲みたい?」
「……もういいよ。お腹すいたしご飯食べに行こう。疲れちゃったよ」
「………そうしようか」
「ねぇ鈴本?」
「なに? 平手」
「私宿題まだ終わってないんだ」
「私もだよ」
「明日一緒にやらない?」
「いいよ」
「じゃあ明日の13時ぐらいに鈴本の家行っていい?」
「うん。 寝坊しないでね?」
「はは、大丈夫だよ」
「本当かなぁ」
「本当だって……あ、後ろ乗りなよ」
「いいの?」
「うん」
「じゃ、お願いするね」
バドミントンの用具を片付けたあと平手は鈴本をのせ、ちかくの飲食店に向かった。
新年そうそうしょうもない1日を送ったと思いながらも、こういった日々が楽しいんだと平手は鈴本に話しながら自転車を漕いでいった