「あ、由依さんおはようございますー!」


 あくびをしながら練習場へと小林は向かっていると、後ろから呼ぶ声が聞こえた。誰が呼んでるかは振り返はなくても小林には分かった。


 早歩きで近づいてきたのはひかる。朝に弱そうな癖に元気だなと思いつつ、小林は歩みを止めた。


「おはよ、ひかる。張り切ってるね〜」

「やる気バッチリですよ〜」


 親指を立て、自身のやる気をアピールするひかる。身長や自分を慕ってる姿も相まって妹のように感じられる時がある。今の小林にはひかるに対してそんな印象が強い。



「どう? 久々にセンターやってみるのは」

「んー、なんというか懐かしいプレッシャーって感じですね。でも三人制だったり、摩擦係数でセンターだったから実際そんな久しぶりって感じではないですけどね」


 7thのセンターは森田ひかるだ。小林はその後ろ。何度も経験してきたことなのに何故だか久しぶりに小林には感じられた。ひかるも同じことを考えてるんじゃないかと思っていたが、どうやら違ったらしい。


「由依さんが後ろにいるとなんか守られてる気がして嬉しいです」

「何言ってんの。もう私がいなくても大丈夫でしょ?」

「えぇー、そんなことないです。由依さんがいないと不安でまともに踊れません」

「はいはい」


 わざとらしい返しに小林は笑って返した。実際横で歩いている少女は以前とは比べ物にならないほど成長した。自分と肩を並べて歩くどころか、どこか自分が手を引かれているような。そんな気持ちにすらなる。


 それが悲しいのか嬉しいのか。二つの感情が小林の中でぶつかっていた。


「由依さん。一緒に戦ってくれますよね?」

「もちろん。がんばろーね」


 なんとなく、小林は頑張ろうって言葉を避けていた。余計なプレッシャーは与えない方がいいと思ったからだ。けれど無用な心配だったようで、ひかるは晴れ晴れとした表情をしている。


 以前センターを任せられた時は泣いていたのに。やはり変わったなぁと小林はどこか親のような感慨深さを覚えた。


「ひかるが泣き言なんて言ったら背中バシッと叩いてあげる」

「それは嫌かもしれないです」

「ほう? 今気合い入れてあげた方がいいかな」

「遠慮しますー!」

「こら! 走るな!」


 身の危険を感じ取ったひかるは練習の部屋まで走り出した。それを追いかけるように小林も。


 自分もいつかはここを去る。けれどそれは今ではない。自分が見守る必要はひかるにも、他の二期生にも必要はないかもしれない。三期には二期もいるし、大丈夫だろう。


 けれども今は見守る必要はなくても、せめてこの瞬間を楽しもう。


 小林は逃げるひかるの背中を追いかけてそんなことを少し考えると、走ることに集中して目の前のひかるを捉えようとした。


 少しずつ距離が縮まる背中。今はその背中が。センターとか櫻坂ではない。自分とふざけるただよ後輩の背中をただ小林は追いかけた。