といってもインドアではなく、外でもたくさん遊んでしましたが。
中学生の頃、美術系の学校に行きたいなと思っていた記憶がある。
美術部の先生が、美術系の高校に言った生徒の話をしてくれて、とてもうらやましく思った。
私もそんな学校へ行きたい。
でも、そこまで実力があるわけでもなく、普通の進学校に進学。
高校では美術部と漫研に所属(笑
美術部では活動をほとんどせずに、もっぱら準備室で先輩たちと遊んでたけど・・・(^^;
その遊んでいた先輩の中に、芸大に進学した本当に絵がうまい人がいて、
その絵を見て、「これくらいのレベルの絵が描けないと芸大に行けないんだ」
と、身の程を知ったというか、私レベルでは芸大に行ったところで
将来絵を仕事として仕事について食べていけるのか?と考えたのです。
所詮私の絵は、人よりちょっとうまいかな?レベル。
当時、ちょうどバブルがはじける直前。
バブルがはじけそうな兆しはあっても、まだまだ経済は絶好調。
進学校故、ほとんどの生徒が大学へ進学していく中、
4年後経済がどうなっているかわからないし、大学生で就活って
自分で企業まわったりしなくちゃいけないし大変そう。
と、冷静なんだかめんどくさがりなんだか、けっこういい加減な理由で就職。
就職するにあたって、大学の夜間へ進学するよう執拗に当時の担当に言われたので
決して成績は悪くなかったと思う。
でも、勉強するのは好きではない。
大学受験なんて勉強ばっかり嫌だ~~~~!
そして就職して今日にいたるまで、常に仕事に関して勉強の日々。
あれ?
そんなこんなで、基本適当なんだけど、根はまじめなので
忙しい部署では日が変わるまで仕事したり
体調を崩しそうになりながら働いたりもした。
結婚、出産を経験し、その中で育児休暇があった。
その、育児休暇中がとにかく楽しかった。
その中でいろんな人に会った。
私の知らない生き方をする人たち。
いろんなことを自分で作り出している人たち。
人のために活動する人たち。
育休中、許される範囲で好きなところに子どもを連れて行った。
子どもたちにいろんな経験させながら、何よりも自分が楽しんだ。
そして仕事復帰。
これまでの自由な時間が一気に減って、これまで会えてた友人と会えない。
子どもたちの習い事等に週末は潰れ、ゆっくり休めない。
今は短時間勤務で働いているけど、フルタイムで働くとなると、
体はもっとしんどくなるのが目に見えている。
こんな常に疲れ切った状態で一生を過ごすのだろうか・・・
そんな中出会ったのが、彩塾のMOMOさん。
自分で起業するという生き方を見せてもらい、自分の中の価値観が一気に崩れた。
私もこんな生き方がしたい。
でも、起業するとしたら何がある?
彩塾に入るきっかけとなったラニチェーンのMakiさんに相談し
流れからセラピストになるのはどう?となった。
レイキを伝授してもらい、チャネリングを習った。
チャネリングはとても好評で、とても不思議な気分だった。
それでも、疲れている時にチャネリングは良くないとある方からアドバイスを受け
依頼を受けないようになった。
そんな中、Makiさんに依頼され、メッセージカードの絵を描くことに。
その絵に対する周りの反応がよかったので
数人の人にその人のイメージでイラストを数点描いてプレゼントしたら
とても喜んでもらえて、その反応がとてもうれしくて。
その絵はアクリル絵の具で色を付けた上に、白で絵を描くという
今ブログにアップしている絵。
でも、子どもがいる家の中で絵の具を使うのは、なかなか時間の確保が難しいのです。
あるとき、曼陀羅を描きたいと、どんな描き方があるのか検索したときに
あるジャンルの絵が目に入り、こんな絵ならかけるんじゃないかとためしに描いてみた。
それはそのジャンルとは似ているようでちょっと違う独特な絵。
それを霊感のある友人に見せたら、
「すごくパワーを感じる。どこかに繋がって描いているね。」
確かに描いている時は何も考えていない。
ためしに「こんな絵を」と頭で考えて絵を描きだすと、失敗するという状態。
それからはひらめくままに描くようになった。
そうしてモノクロで描くようになった。
2種類の絵を見せて、反応が良かったほうの絵を描くようになった。
次は色を付けるようになった。
この流れはこの半年ばかりの出来事。
ぐんぐんぐんぐん私の中で変わっていっている。
この展開が面白くて手が止まらないのです。
次はどんな絵が描けるのか。
どんな絵が現れるのか。
描いている自分でもどんな絵になるのかわからないけど
それがとにかく面白い。
引き続き、これまで描いた絵を過去から順番にアップしていくので
そのへんかを楽しんでいただけれたらと思う。
