父から「祖父の会社の株を売ったから お金を受け取りに来なさい」
との知らせを受け、父とだけ会ったとき
(2016年10月8日)
父が、
「お爺ちゃんと御婆ちゃんは 晩年 ものすごく仲が悪かったから、
お爺ちゃんは、家を出てマンションで暮らしていたんだ。
だから私が、お墓の下にもぐって、御婆ちゃんの骨壺を納める時、
武士の情けで お爺ちゃんの骨壺とは離れた場所に骨壺を置いてやったんだ」
と言いました。
私は
「なんてことしたの;;
御婆ちゃんは、お爺ちゃんのことが本当に好きだったんだよ。
毎年 夏休みに行くと、本当に喧嘩もなく穏やかな家だったの。
お母さんが 私の縁談を無断で破談にしてなかったら、
私が一緒に住んでいたはずだから、そこまで喧嘩せずに済んでいたと思う。
私が破談にされた後、御婆ちゃんは、生き甲斐だった裏の畑もなくなってしまって、
お爺ちゃんまで居なくなって、どれだけ寂しくて悲しかったことか。
それに、あの世に逝けば、仲が悪かったとか そんなことは一切なくなるんだよ。
それを『武士の情けで離して置いてやった』って??
なんて 可愛そうな事を」
そう言うと、
父は、「そういう考えもあるな・・・でも、あの世は無いんだ」と言ったので、
私は キッパリと、「あの世はある」と即答しました。
その言葉に父は、「まぁ、化学で立証されていないからな」と言ったきり 黙っていました。
さて、父が自費出版した自伝には、自分の母親のテレパシー的能力について書いてありました。
また、父は 私に、「お前が墓参りになど行っても 御爺ちゃん 御婆ちゃんは喜ばんぞ」と言いました。
あの世は無い と言い切っているのに、テレパシーだの、他界した人が喜ばない と言うのは矛盾しています。
父は、娘で私に対しては、どんな矛盾でも押し付けていいと思っていたのでしょう。
論理が破綻していても、感情的な支配や否定を繰り返していましたから。
「武士に二言はない・武士の情けだ・武士の時代なら切り殺されているところだぞ ウチは仏教だ!!」
そう言いながら 殴る蹴るを繰り返した父。
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武士道は、誠・義・礼・勇・仁・名誉・忠義などの価値を重んじる精神文化。
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特に「仁」は、弱き者への思いやりや慈しみを意味していて、 子どもや家族に対しても優しさと責任を持つことが求められていました。
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武士は、自分の行動に責任を持ち、私情で暴力を振るうことは恥とされていました。
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武士道の教えでは、子どもに恐怖心を植え付けたり、正当な主張を押さえつける親は“不徳”であり“恥”とされていました。
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「親の恩を押し売りして、見返りに孝行を求める」ような態度も、情けない行為として否定されていました。
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つまり、子どもを虐げる行為は、武士道の精神から大きく外れています。
武家の出で、禅宗の家なら、ピアノの上に位牌を並べたり、水も線香もあげない なども、あり得ません。
ましてや、夫婦の骨壺を離して納骨する行為が、武士の情けであるはずがありません。
その後、父から いわれのないことで私を泥棒扱いするメールが来たので、
私は、父が末期がんの宣告を受けていたとは知らずに、
これまで 親からされてきた虐待の詳細内容と、児童虐待防止法を添付したメールを送りました。
研究によると、人は、死の直前にも 脳は『過去の記憶を再生している』可能性があるそうで・・・。
死の直前、私の手紙で 自分のしてきた事を『鏡』の様に 振り返った父は、
どんな想いで あの世に逝ったのでしょうか。