【第5話】驚異の極真空手着!!
なんだ、帯の結び方も知らんのか・・
俺は少し呆れていた。
稽古場では、入門したばかりの門下生に空手着が、一斉に配られて各々着替え始めていた。
中村 誠師範を補佐するために来ていた二人の弟子が、空手着の着方がわからない者たちに指導していた。
特に、帯の結び方がわからない連中は多かった。
俺は柔道も、こっそり五年ほどやっていたから、帯の結び方はお手のものだった。
いち早く自前の空手着を着ていた俺は、早速ストレッチを始めていた。
俺と背格好が似たような学生らしき青年が、帯の結び方を教えて欲しいと声をかけてきた。
少し得意げに、結び方をおしえてやった。
「あいがと、助かったー。僕は定長(さだなが)って言うちゃが、よろしくお願いします」
「俺は、真崎です。よろしく」
同級生か、一つ学年下くらいかもしない。
定長に背を向けて突きや蹴りのシャドウを軽くやってみた。
「真崎くんは、空手をやっちょたとね」
定長が横に来て言った。
「まぁ、ちょっと自己流じゃけどね」
「てげすげがね」(めちゃすごいね)
それには応えず突きを連続放った。
前のテーブルで入門手続きをしている誠師範がこっちを見た。
誠師範と目が合った。
俺はハイキックをしてみせた。
誠師範が微笑みながら何度か頷いた。
「君は宮崎の一番弟子じゃねぇ」
初めて誠師範と会って入門を決意した時に、誠師範はそう言って俺の頭を撫でたのだ。
誠師範は、この大勢の新門下生の中で俺を注目してくれている。
心底嬉しかった。
「僕も真崎くんに、早よ追いつかんといかん」
定長が背後から言った。
追いつかれてたまるか。俺は、はるか先に行くぞ、と声には出さずに空間に思いきっきり蹴りを放った。
整列ーっ
誠師範の馬鹿でかい声が稽古場に響いた。
「九義島(くぎしま)きちんと並ばせろ、丘本(おかもと)もぼさっとすんな」
「オスっ」
二人の弟子は、素早く全員が整列した縦横を細かく指導して調整した。
最初に正座の仕方、挨拶の仕方、そして基本の立ち方『不動立ち』の説明がなされた。
それから、準備体操が始まった。
何故だか、準備体操だけで結構時間を割き、かなり疲れた。
その後、拳の握り方や三戦立ちの構え方が事細かく指導された。
空手の技の稽古は果たしてあるのだろうか。
少し不安になって来ていた。
すでに1時間近くになっている。
「それでは、基本稽古に入ります」
ようやく空手らしい稽古が始まった。
俺は、極真空手創始者の大山倍達館長の本は、すでにいくつか読んでおり、極真空手のマニュアル本も手に入れて、それを基礎にして自分なりに稽古していた。
ところが誠師範の指導を受けながら、自分なりに本を見ながら稽古するのと、実際に指導を受けながら稽古するのでは、まるっきり違っていることを思い知らされた。
そもそも俺は、正拳の握り方が甘かった。
「正拳の握りは直角にちゃんとなっているか、拳頭が90度ですよ。こうやって壁に正拳を当ててみた時に、直角になっていなければ正しい正拳とは言えないです」
やってみるが、どう頑張っても、誠師範が指導しているようには正拳が、ちゃんと90度になっていなかった。
それだけではない。
全ての基本技が直接伝授されるのと、本を読みながら自分勝手にやっているのとでは、天地の差があった。
誠師範による隙のない鋭い目線と神々しいオーラを放ちながら馬鹿でかい声による無駄のないわかりやすい説明、そして先輩指導員たちの圧倒的な迫力ある気合いに押され、宮崎支部初の稽古は極度の緊張感に溢れて炎のような凄まじい熱気に満ちていた。
蹴り技が終わった時には、もう誰もが立っているのもやっとだった。
「整理体操を始めます」
九義島先輩が言った。
あー終わる・・助かった。
柔軟に入って、あらためて驚いた。
誠師範は、両足を左右に開いた時に、180度完全に股が割れていた。
なんて柔らかさなんだ。
横綱級の身体ながら、この稽古場では一番柔らかくてしなやかだった。
これが世界チャンピオンなんだ、と思った。
最後は再び正拳突きで終わった。
黙想して挨拶が終わった時は、まるで全員がプールに飛び込んだかのように汗びっしょりになっていた。
「不動立ちー」
これは、習ったばかりの戦闘準備体制の立ち方である。
誠師範が話し始めた。
「皆さん、空手着を購入してもらってね、最初は重たいし少し大きいと思います。
しかしねぇ、洗濯して使っていくうち丁度いい大きさになって軽くなってだんだん白くなりますからね。
最初は硬くて着心地が良くないと思いますが、ちゃんと稽古すれば大丈夫です。
極真空手の空手着はですね。
どんな流派の空手着よりも丈夫で実戦的なんです。
おい、そこの君、前に出て来てください」
指されたのは、定長だった。
まさに俺と体格は一緒だと思った。
ダボダボの空手着で、どうにもカッコ悪い。
俺の方が明らかにカッコいいと思った。
いきなり誠師範は、定長の胸元掴むと激しく引き寄せた。
定長は、吹っ飛んで壁まで突っ込んで行った。
何をするんだろう、と誰もが思った。
定長が素っ頓狂な表情で振り向いた。
「ほらね、激しくこんなことやっても極真の空手着は、決して破れず丈夫なんです」
そんなことをわざわざ理解させるために定長にあんなことを誠師範はやったのか・・ちょっと荒々しいな、と思った瞬間だった。
「真崎くーん、こっちにちょっと来てね」
俺は早速名前で呼ばれて嬉しくなった。
前に出た私は、まだ何をするのかは見当もつかない。
「不動立ちー。真崎くん、しっかり立ってぇー」
「押忍っ」
言った瞬間だった。
誠師範が素早く俺の空手着の胸元を掴んだ時には、グッと引っ張った。
ビリビリビリビリーっ
空手着は真っ二つに、見事に綺麗に破れ裂かれた。
あっ・・
俺も道場生も思わず声が出た。
俺は超、愕然とした。
いや全員が衝撃を受けていた。
俺は上半身が丸裸状態になった。
お袋が、昔から良く言う台詞がある。
『安物買いの銭失い』
いかん、こんな空手着じゃ、ダメだ。
極真・・いや実戦空手は出来んじゃないか!
そして同時に、これこそが極真空手のキング オブ キョクシンの力なんだ。
感動していた。
「真崎くんも、組手とかになると道着が破れたりすると危ないからねぇ、極真の空手着の方がいいっちゃねぇーか」
「押忍っ、すぐに買います」
誠師範は笑っていた。
もしかして、この人織田信長の生まれ変わりか・・・
稽古終了後、俺だけでなく空手着を買わずにジャージで稽古していた入門生たちも極真の空手着を注文した。
果たして今なら、こんなことを師匠がやったらどうなるのだろう。
時代は昭和、俺は今でもこの時を懐かしく人に話すことがある。
「酷すぎる」と大抵は言われるが、俺には笑える話だ。
こんな大胆なことは、振り返ってみても、やはりキング オブ キョクシン中村誠にしか出来ないだろう。
以下次回。
注)これは、今から40年も昔の話。
いかなる空手流派も実戦が重視されるようになった今は、いかなる空手着も現在は丈夫に出来ている。


