(この文章は某誌に寄稿したものを一部加筆・修正して掲載しています)
サシのススメ
関根彰良
大人数の飲み会。苦手というわけではない。誘われれば楽しみに出かけるが、自分から進んで企画することはほぼない。皆でワイワイやることはもちろん好きだ。しかし同席する人とそれなりにじっくり話すとなると人数は3人が限界ではないだろうか。(4人だと2人ずつになりがち)。私は1対1の、いわゆる「サシ飲み」が好きだ。集団の中だとあまり話さない人が饒舌になったり、飲み会によくある当たり障りのない話題ではない「深い話」ができたりする。
私がやっているジャズという音楽はソロからビッグバンドまで様々な人数編成で演奏される。大人数のアンサンブルには何にも代えがたい喜びがあるが、少人数の演奏はまた違った魅力を持つ。私は比較的少人数のアンサンブルで演奏することが多く、その中で最小のものはデュオ、すなわち二重奏である。
デュオの演奏で重要なことは相手の音を常に聴き続けることである。音を出すことより聴くことの方が重要だと言っても過言ではない。しかし聴きすぎてもいけない。面と向かい合うというより同じ方向を向き、横にいる相手に対してアンテナを張りつつ並走するイメージだろうか。相手の出す音に反応して返答したり、あえて無視したり、下から支えたり、逆に不安定な緊張を作り出したり。二人で同じ景色を見ながら、真っ白なキャンバスに絵を描いていく。そこにはアンサンブルにおける基本的かつ究極的なエッセンスが凝縮されている。
私はここ最近デュオユニットのライブ活動およびアルバムリリースが続いている。
昨年12月、ハーピスト古佐古基史(こさこもとし)氏とアルバム”Scotch Mist ”リリースツアー全国9公演が成功裏に終了した。ジャズハープの世界的第一人者である古佐古氏はカリフォルニア在住。ファームを営み自然に根差した半自給自足の生活を送りながら、独自の音楽活動を展開している。コロナ禍で共演が中断していたが、このたび海を隔てて新たにアルバムを制作し皆様にお届けできた。今年はまた夏頃に第二弾のツアーを予定している。
最近活発に活動している「一弦-izuru-」はギター梶原順氏とのユニット。2枚目のアルバムを3月にリリースする。アコースティックギター同士のアンサンブルはとても相性がよく音が溶け合う。特に梶原氏とは演奏中に相手の音を自分の音かと聴き間違える瞬間が多々。丁々発止の掛け合いもさることながら、美しいメロディーをそのまま歌うことを大切にしたユニットである。
アコーディオンの佐藤芳明氏と定期的にデュオ演奏を始めて5年になる。確かな技術と高い音楽性で国内のファーストコール奏者である佐藤氏。こちらのユニットでも3月に1stアルバム”ハシヲワタル”をリリースし発売記念ツアーを予定している。幅広い音楽的要素を横断的に包摂した、ジャンルレスで即興性の高いアンサンブルが売りのデュオである。
いずれのユニットも楽器の特性を生かしたサウンドづくりを追求している。そこにパートナーの人となりが反映され、それぞれの音世界が形成され熟成されていく。
デュオ演奏で大切なのは聴くことだと先ほど述べた。それを精神的な面から言えば相手に対して「自分を開く」こと、そしてミスや予想外の展開等どんなことが起きてもそれを受け入れる「寛容さを持つ」ことだと私は考えている。
音楽は「間(あいだ)」に生まれる。演奏者と聴衆の「間」だけでなく、演奏者同士の「間」にも、である。それは「人間」を「人」の「間」と書くことと似ている。人はたった一人では人間たりえない。他人がいて、その他人と関係性を結ぶ場面ではじめて、人間という存在の本質が「人」と「人」との「間」に現出する。この類似性は大人数での演奏の場合も当てはまるが、デュオ演奏の時が最もシンプルに理解しやすい。
「ゾーンに入った」という言葉をお聞きになったことがあるだろうか。スポーツ選手や演奏家、その他様々なパフォーマーが精神的集中度を高める中で特定の段階に至り、神がかったパフォーマンスを発揮する「無我の境地」の精神状態になることである。演奏中、自分をオープンな心理状態に置き共演者の音に耳を傾け続けていると、その瞬間は突然やってくる。一切のエゴがなくなり、感覚が研ぎ澄まされ、その場に必要な音が「聞こえて」きて、それを「演奏したくなる」あるいは「演奏せざるを得ない」ために「指が自動的に動く」といったような感覚がもたらされる。そのとき自他の区別はない。これこそ、ほんとうの音楽が「人と人との間に」生まれる瞬間だ。
楽しいサシ飲みも全く同じではないだろうか。一方的に話す側とただ聞く側に分かれることなく、自分を開き、互いに聞きそして話し、その場その時しか生まれ得ないストーリーを紡いでいく。例えるならば協力してブロックを積み上げていき、高みに到達したかと思うとそれを躊躇いもなく破壊し、また一から積み上げる。目的も終わりも、意味もない作業。しかしそれゆえに楽しく、最も有益で最も無駄な時間。
なにも絶対に「ゾーンに入る」必要はなく、ただただ楽しく時間を共有すればよい(ゾーンに入る秘訣は、無理にゾーンに入ろうとしないことだ!)。この春、皆様も気のおけない仲間と「デュエット」を楽しまれてはいかがだろうか。またお時間合えば我々の「サシ飲み」にも是非お立合い頂きたい。