私は、BS-TBSでやっている、吉田類の酒場放浪記 という番組がなぜか好きである。
東京の下町のいわゆる大衆酒場を回る番組なのだが、つい目が止まってしまうのである。
酒や肴が上手そうである、大衆酒場の明るい雰囲気が心を和ませる、理由は色々あるのだが、
私が、感じたのは酒場に「何とも言えない、人間らしい楽しみ」が垣間見えるからである。
登場する大衆酒場には、100を超えるメニューが壁一面に貼ってある。これは一見にはハードルが高い。当然じっくり選んでいる余裕はない。周りの常連らしきおじさん達が食べているものを見ながら、忙しそうにしている、ちょっと気難しそうに見える女将さんに、お勧めを聞きながら、上手いものを理解するのである。
注文も、女将さんの都合の良いタイミングを見計らないながら頼まなければならない。チェーンの居酒屋で端末を見ながら気軽にオーダーをするのとは難易度が違う。これも敷居が高い。
100以上のメニューから、現地現物で自分の食べたいものを絞り込む、一見閉じたように見られるコミュニティーに勇気を出して飛び込む、、そして新しい世界を見つける。
これこそ、複雑なもの、知らないことを理解できる、という人間最大の楽しみではないだろうか?
そして、それこそが大人であると。
最近は、全てをシンプルに、便利にしようとしすぎていないだろうか?便利になることは良いのだが、一方で人間の考える、悩む、という貴重な機会をなくすことにはなっていないか?
コンビニでは、平均の店内滞留時間は3分ともいわれ、例えば、ビールや清涼飲料の購入決定には2秒しかかけないと言われます。
全てが複雑である必要はないが、あまりにその機会が少なくなりすぎていないか?便利になればなるほど、人間の楽しみが一方で減っている。
そんなことを考えると、大衆酒場は、人間らしさを保つ文化とも言えるかも知れない。
そして、次元は違うかもしれないが、私が新しい会社を設立したのも、そんな大衆酒場に足を運ぶのと同じ、人間の楽しみを追求する欲求があったんだと思った。
悩むこと、考えることも悪くないですね。
今日も1日、悩み、考え、大人の自分を味わおう。
ちょっと話が飛躍しすぎたかな?
