今週の火曜、LIXIL(リクシル)のショールームでの打ち合わせ帰り。久しぶりに、ガストに立ち寄った。おそらく数年ぶりである。

 


席に案内されて、まず目に入ったのはタブレット。注文はすべてここから行う。料理は配膳ロボットが運んでくる。会計はテーブルで完結。飲み物はドリンクバーだから、そもそも人の手を介さない。

店員さんと会話したのは、最初の「いらっしゃいませ」だけだった。

ふと気づく。これはもう、人がサービスを提供する店ではないのかもしれない。仕組みが、すべてを回している。

ここまで来ると、少し先の未来も自然と想像できる。

 

猫型ロボットがハンバーガーとコーヒーを運ぶ

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入口ではカメラ認証で入店。店頭ディスプレイが座席を自動案内。注文はタブレット。

 

厨房では火を使わず、冷凍食材を機械が加熱調理する。料理はロボットが運び、食後はそのロボットに食器を戻す。

 

テーブルも軽く拭けば、アプリにポイントが付与される。会計はそのままスマホや生体認証で完了。誰とも会話せずに、店を出る。

 

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こう書くと少し極端に聞こえるが、今日見たガストは、その世界にかなり近い場所にあった。驚いたというより、「ああ、もうここまで来ているのか」という感覚である。

最近よく耳にする「フィジカルAI」という言葉も、まさにこの流れの延長線上にあるのだろう。AIが考えるだけでなく、実際に動くようになったとき、店の風景そのものが変わっていく。

注文を受けるだけでなく、作り、運び、片付ける。そうした一連の動作を、静かに置き換えていく存在。今日見た光景は、その途中経過なのかもしれない。

この仕組みは合理的で、無駄がない。人手不足やコストの問題も、きれいに回避している。そして何より、気楽である。

誰とも話さず、気を遣わず、自分のペースで食べて、静かに帰る。それはそれで、ひとつの快適さだ。

ただ、ひとつだけ現実的なハードルもあった。

ドリンクバーである。これは正直、今の自分にはなかなかハードルが高い。席を立って、カップを持って、機械の前で操作して、また席に戻る。

元気なときには何でもない動作だが、今はそれなりに気を使う工程である。今回は妻が取ってきてくれたので助かったが、もし一人だったら、少し考えてしまったかもしれない。

無人化が進むと、便利になる人もいれば、逆にハードルが上がる人も出てくる。このドリンクバーも、そのひとつである。

ただ、ここもいずれ変わっていくのかもしれない。

例えば、テーブルでドリンクを注文すると、ドリンクマシンが自動でカップに注ぎ、それを配膳ロボットが席まで届けてくれる。

そんな仕組みになれば、ドリンクバーという存在そのものが、まったく違う形に進化する可能性もある。

完全な無人店舗が現れても、もう驚かないと思う。

ただ、そのときに問われるのは、どこに人間らしさを残すかなのかもしれない。人がやるべきことは、減っていく。けれど、人にしかできないことが、消えるわけではない。

例えば、ちょっとした一言で場の空気がやわらぐこと。相手の表情を見て、言葉を選ぶこと。あるいは、誰かの不便に気づいて、さりげなく手を差し伸べること。

こうしたことも、いずれはAIが担うようになるのかもしれない。

けれど同じ言葉でも、誰が、どんな関係の中で発するかによって、その意味は微妙に変わる。その違いまで含めて置き換えられるのかは、まだ少し想像がつかない。

便利さだけではなく、やさしさも一緒に進化していく。そんな未来になってくれたらいいなと思う。

 

♪ 今日の一曲 ♬

 

Yellow Magic Orchestra 「ライディーン」。シンセサイザーを主体にしたリズムと、印象的なメロディが特徴。テクノロジーと音楽が結びついた象徴的な作品で、今回のテーマとも重なる、未来を感じさせる一曲。といいつつ、かなり懐かしい(笑)


Yellow Magic Orchestra – Rydeen