分水嶺
―負けてたまるかこんちくしょう―
第一章 津軽
第二章 上京
第三章 緑のターフ
第四章 ホリデイ・イン・ラスベガス
第五章 リストラ
第六章 海と山、二つの世界自然遺産
第七章 参鶏湯とキムチ
第八章 尊敬する父
第九章 修行の地
第十章 英国風の美しい町
第十一章 奇岩の名所
第十二章 不夜城の街
第十三章 出逢いそして恋
第十四章 最愛の母
第十五章 大勝負
第十六章 帰国
第十七章 再出発の地・東京
第十八章 三年後
第六章 海と山、二つの世界自然遺産
1
気晴らしのため、十日間の休暇をとって、オーストラリア北東部にあるケアンズを旅することにした。
ケアンズは、羽田から八時間ほどで行ける日本人に人気の観光地だ。亜熱帯地域に位置するが、空港に降りたとき、想像していたよりもずっと快適に過ごせそうな予感がした。
ホテルは、町の中心部から少し離れたところに予約している。経費を少しでも抑えるため安いホテルを選んだのだ。
と、いっても、メインストリートにあるカジノからタクシーで十分以内、歩いても四十分程度の距離、自然にも恵まれた地域にホテルは位置している。
カジノを併設しているホテルの近くには、和食も提供する庶民的なレストラン、そして中華料理店やフードコートなどが多数あるので食事代も節約できる。
今日はホテルのレストランで夕食を食べ、長時間のフライトによる疲れを取るため、早めに眠ることにした。
昨晩はぐっすり眠れたので、七時ごろ、目が覚めたときは気分爽快だった。
今朝は、レストランでパン、野菜サラダ、チーズ、ゆで卵、牛乳などをいただいた。食後は、コーヒーを飲みながらゆっくりとした時間を過ごす。これも僕の楽しみの一つだ。
朝食後は、日課のジョギングだ。メインストリートまで走ってみることにした。フロントでスタッフに尋ねると、景色の良いジョギングコースを観光マップ上で案内してくれた。
Tシャツとランニングパンツに着替え、ホテルを後にした。マップを左手に、ペットボトルの水を右手に、教えてもらったコースを走る。
しばらく走ると、美しい南国の林の中を貫く一本のまっすぐな道が目に入った。林を抜けると左手に海岸線が見えてくる。
海岸線沿いには、観光客らしき人たちが散歩していた。
この辺りで、周りの景色が緑豊かな自然公園から住宅街に変わっていくので、ケアンズの中心に向かっていることがわかるのだ。
途中には幼児用屋外プールがあり、たくさんの子供たちが、母親らと泳ぎや水遊びを楽しんでいた。
さらに走ると、カジノを併設するホテルが視界に入ってきた。今日は、昼食をとってからカジノに行く予定だ。そのホテルの前をスルーして町中を少し走ってみた。
腕時計に目をやると、ホテルを出てから三十分ほど経っている。僕は、ペットボトルの水を一口飲んで、ホテルに戻ることにした。
帰りのジョギング中にも大勢の観光客とすれ違った。彼らは、暑い中をジョギングしている僕に、
「頑張れ~」
とエールを送ってくれた。
やはりこの暑さの中で、こんなことをやっているのは珍しいのだろう。
僕は、
「サンキュー」
と笑顔で返し、ホテルに向かう。
ホテルに戻り、水シャワーで汗を流す。すっきりしたところでレストランに行き、ウェートレスのジェシーにコーヒーをオーダーした。
ジェシーが、笑顔で「OK」と言ってコップ一杯の水を置き、テーブルから離れて行く。
彼女は、数分後、コーヒーを持って僕のテーブルにやってきた。
僕は、湯気の立つコーヒーを啜りながら今日のカジノ対策、言い換えればどうすれば勝てるのかをあれこれ考えていた。
スロットマシーンは、良い台に当たらなければ勝ち目はない。カードゲームは全くの素人だ。やはり、ルーレットで勝負するしかないか……そうこうしているうちにお昼近くになってしまった。
メインストリートまでタクシーで行き、中華料理店で昼飯を食べ、その後、カジノに行くことにした。
十二時ごろ、「ニイハオ」という中華料理店に入り、チャーハンと餃子、そしてビールをオーダーした。午前中に汗をいっぱいかいていたので、
無性に体がビールを欲しがっている。
ウェーターがビールを先に持ってきた。それを受け取ると同時にグラスに注ぎ、渇いた喉を潤した。というより流し込んだのかもしれない。
ビールはあっという間に空になったので、もう一本オーダーする。
追加のビールとオーダーした料理を持って、ウェーターが僕の席にやってきた。
今度は少し落ち着いて、ビールを飲みながら餃子をつまんだ。なかなか美味いが、日本で食べているものとは微妙に違う。
餃子は英語でダンプリングという。正式には「Chinese dumplings」というらしいが、これはこれで十分美味しい。
また、チャーハンも日本のそれとは少し違うが、僕の好みに合う味だ。
外国なのだから、このような違いは当たり前のことだろう。それにしても、日本人の僕の味覚にも合った美味しい昼飯に満足したので、
「いざ、勝負!」
とカジノのあるホテルに向かった。
カジノ入り口のゲートには、ガードマンが二人立っている。二人とも頑丈な体躯で、この中は俺が守るといった雰囲気を醸し出している。
二人に「Hi!」と声をかけ、カジノ内に入っていった。
2
カジノは、ラスベガスより小さく、客もそれほど多くはない。適度な混み具合というような感じだ。
スロットマシン、カードゲーム、ルーレットなどの台やテーブルを一通り見て回る。
こうやってそれぞれのゲームを見ていると、やはり僕にはルーレットがあっている。そう感じさせる何かが閃いたような気がした。
ルーレットのテーブルは五台あって、いずれも座席は少し空いている。僕は、中ほどにあるテーブルに腰かけた。
まず、千ドルをチップと交換した。そして、これまでの出目が表示されているボードをちらっと見たが、特段、何かを暗示するような出目とは思えない。
最初の三回は、チップを置かずに、ゲームの流れを見ることにした。このテーブルでは、男女合わせて六人の客がゲームを楽しんでいる。
そのうちの一人、六十代の男性が、たくさんのチップをテーブルの彼の前に積んでいる。どうやらかなり儲かっているようだ。
他の五人は、勝っているようには見えない。
たくさんのチップを、積んでいる六十代の男性に話しかけてみた。
「随分、調子良さそうですね」
「今日は特別、ツキがあるようだよ。こんなことは、これまであまりなかったけどね」
彼は謙遜してこう言った。
その男性は次の勝負で、3番、13番、23番、33番のストレートに百ドルずつ賭けている。
そうか、下一桁に三のつく番号がくるとみているな、と推測した。
他の客は、それぞれが予想している番号に、五十ドルから二百ドルまでのチップを置いていく。
それを見ていたディーラーが、スピニングアップの合図の後、ボールをウィール内の端に捻りながら投げ込んだ。
ボールは、勢いよくボールトラックを滑走している。
次第にスピードが落ちていき、ディーラーがノーモアベットを告げた。それまでの間、客は追加でチップを置けるのだ。客の数人が、締め切りギリギリのところで慌ててチップを置いていた。
ボールはポケットの仕切りに当たり、跳ねながらコロコロと転がっている。
じっと見ていると、13番ポケットにストンと落ちていった。
あの男性が当てたのだ。ストレートは三十六倍だから、三千六百ドルからこの勝負につぎ込んだ四百ドルを差し引いた額が彼の儲けとなる。羨ましい限りだ。
この勝負では、13番とのスプリットに賭けていた客が二人いた。
スプリットは、インサイドベットの枠内の13番を中心に上下または左右に接する番号との間にチップを置いている場合、ストレートの半分の配当、つまり十八倍の配当を得られる。
ちなみに13番と接する三つの番号との中心に賭けた場合、ストレートの四分の一、つまり九倍の配当となる。
また、ブラックとレッドのいずれかに賭けるという勝負もある。13番はブラックだ。このブラックに賭けていた客が一人、レッドに賭けていた客が二人いた。
ブラックに賭けていた女性客は、二百ドルを賭けていたので、二倍の配当で二百ドルの儲けとなる。
他には、一から三十六までの数字を二つに分け、数字の小さい(1番~18番)グループ、大きい(19番~36番)グループのいずれかに賭けることもできる。この場合も、配当は二倍となるが、これには誰も賭けていなかった。
さらに三十六個の数字を三つに分け、小さい(1番~12番)グループ、中の(13番~24番)グループ、そして大きい(25番~36番)グループに賭けるという勝負もある。
この場合は、三倍の配当になる。中のグループに女性客が五十ドル賭けていたので、彼女は百ドルの儲けとなる。
なお、0番(グリーン)はこの小、中、大のグループにもブラック、レッドのいずれにも入らない。
僕は、少なくとも三回は様子を見るだけで、賭けないつもりでいた。が、なんだかうずうずしてきたので、次の回から参戦することにした。
チップを置くにあたって、例の六十代男性が何を狙うのかが気になっていた。
彼をじっと観察していると、何かブツブツ呟いているが、僕には、何を言っているのかさっぱりわからない。
どうやら、自分の考え方と推理で勝負するしかないようだ。
僕のラッキーナンバーは、2と8だ。実際、競馬でも2―8の馬連で結構儲かったことがある。
従って、ルーレットのラッキーナンバーもこれらの数字の組み合わせで考え、2番、8番、22番、28番に決めた。
とりあえず、今回の勝負はこのラッキーナンバーに賭けることにした。五十ドルチップをインサイドベットのそれぞれの番号の上に置いた。今回は、様子見のつもりだ。
六十代男性は、いくつかの番号のストレートに張ったが、その一つの31番が気になった。前回の当たり数字13番の逆さまだ。なるほど、そういう賭け方もあるのか……とうなずいた。
他の客も、それぞれの予想に基づきチップを置いていく。例の女性は、今回もブラックに二百ドル賭けている。
ディーラーが、ルーレットのウィールを回し、スピニングアップと言った後、ボールをウィールの端に捻りながら投げ込んだ。その後、数人が思い思いの番号にチップを追加して張っていく。僕は様子見なので、追加で賭けることは全く考えていない。
ディーラーが、ノーモアベットを宣言。ボールは、ローワーボールトラックを転がっている。全員が固唾を呑んで行方を見守る。
ボールは、最後の一転がりの後スーッと31番ポケットに吸い込まれていった。あの男性が的中したのだ。彼の勘は冴えていた。
31番の次の勝負は17番、次は24番ポケットにボールが入り、誰も的中できなかった。
僕は、次の勝負は控え、様子を見ることにした。するとそのときに限って、8番ポケットにボールが入っていった。
「なんてこった!」
僕は、それまで8番に賭け続けていた。
ディーラーが、今回8番に賭けなかった僕を見て、「残念だったね」という顔をした。
そういえばラスベガスでも、24番の次の8番を的中したことがあったことを思い出す。
このときの悔しさから、24番が出ると、次は必ず8番に賭けるという僕なりのルールを定めたのだ。
この後もほとんど当たらず、負けが込みそうだったので、気分転換のためスロットマシンで少し遊んでからホテルに帰ることにした。
スロットマシンでは、数台にチャレンジした結果、最後の台で儲けることができた。このおかげで、トータルでみれば今日の負けが少なくなり、少しほっとした。
腹が減ってきたので、カジノを出て、近くの和風レストランで夕食をとることにする。
ウェートレスの案内で席に座ると、斜め向かいの席に、ルーレットのテーブルで見かけた、あの六十代の男性が座っている。
僕がスロットマシンで遊んでいたとき、カジノを出てこの店に来たのか……。彼は、ビールを飲みながら焼き鳥を食べている。
オーストラリア人が、和風レストランで
焼き鳥を食べているという光景が、
僕には微笑ましく映り、つい「先ほどはどうも」と声をかけた。
彼は僕に気付き、笑顔で、こっちのテーブルに来ないかと手招きした。僕はお誘いにのって、ウェーターに席を替わることを告げ、彼のテーブルに移っていった。
(3へつづく)