ホッケウの時間 | 台本、雑記置場

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【ホッケウの時間】

 

 ホッケウは、いつもお母さんと一緒。
 ホッケウは、とてもお母さんが好き。
 あったかいお母さんの、あったかいお腹でお昼寝するのが好き。
 やさしいお母さんの、やさしい目に見つめらてねむるのが好き。
 ホッケウは、お母さんがとってもだいすき。

 でもある日、お母さんはとつぜん元気をなくしてしまった。
 ホッケウと一緒に、森をおさんぽすることもできない。
 ホッケウをぎゅっと抱きしめても、ずっとふるえている。
 お母さんはずっと眠ったまま、なんだかとっても苦しそう。

 ホッケウはなやんだ。
 たくさん、たくさんなやんだ。
 それでもわからなかったから、ホッケウは森の中で色々な生き物に相談をした。
「お母さんはどうしたらげんきになるの?」
 森の皆は困ったような顔をして、だまって遠くに行ってしまう。
 ホッケウは森の奥まで行って、そこで森のお医者さん、ふくろう先生に出会った。
「にんげんの町のおくすりを飲めば、お母さんはげんきになるかもしれない」
 物知りなふくろう先生の言葉を聞いたホッケウは、にんげんの町に行こうと思った。
 木の枝とこの葉でつくったお洋服に、水辺の砂で顔をおめかし。
 ホッケウは色んなものを使って、にんげんのマネをした。
 とっても不器用なおめかしだけど、ホッケウは一生懸命。
 ホッケウはほとんどのにんげんが見ることは出来ないのだけれど、
 ずうっと森に住んでいるホッケウはそれを知らなかった。

 ホッケウは勇気を出して、お母さんのために森から町へおりていった。
 町は森よりうるさくて、ひとは大きくてずっとアクセクうごいていて、とってもこわいところ。

 それでもホッケウは、ふくろう先生に教わった『こんびに』に入っておくすりをさがす。
 自分の背よりもずっと高いたながいっぱいならんでいる。

 めいっぱい背伸びをして、ホッケウはがんばっておくすりをさがす。
 キョロキョロ。
 キョロキョロ。
 高い高いたなのうえ。
 やっとみつけたおくすりに、ホッケウは一生懸命ちいさな手を伸ばした。

「あなた、これが欲しいの?」
 にんげんに声をかけられた。ちいさな「おんなのこ」。
 はじめてのことだから、ホッケウはとてもびっくりした。
 にんげんと話したこともなかったし、にんげんのことばをしゃべることもできない。
 ホッケウはちいさな手と大きな目をたくさん動かして、必死にお母さんのことを伝えようとした。
 おんなのこは何度もうなずいてくれて、背伸びして棚のおくすりをとってくれた。
おくすりを手渡されると、ホッケウはおおいそぎで『こんびに』を出て、森に向かってはしった。
 後ろから声がしたけど、ホッケウは振り返らなかった。

 おくすりをもって森に戻ったホッケウは、おおよろこびでお母さんのところへ戻った。
 このおくすりで、お母さんは元気になると信じていた。
 また一緒におさんぽをして、ホッケウを抱きしめてお昼寝してくれるんだ。

 でも、ホッケウが町にいっている間に、日が暮れて、ホッケウのお母さんはつめたくなってしまっていた。
 ホッケウの言葉にも、もう返事をしてくれなかった。
 何回声をかけたって、もう返事をしてくれなかった。
 ホッケウは、お母さんとはなれて町におりていったことを、とってもとっても後悔した。

 ふんわりふんわり。あたたかかったお母さんが。
 ひんやりひんやり。とってもつめたくなってしまった。
 ホッケウはつめたい眠りに包まれたお母さんのそばで膝をかかえていた。

 ふくろう先生が、時間の話をしてくれた。
 お母さんはもう、お母さんの時間が終わってしまったのだという。
 だから、醒めることのない眠りについってしまったのだと。
 でもホッケウは、ホッケウの時間がまだいっぱいあるのだともいった。

 ホッケウには、それがとっても寂しくて悲しかった。

 晴れの日も、雨の日も、曇りの日も、雪の日も。

 ホッケウはずっと動かないお母さんの横にいた。
 今日、目を覚ますかもしれない。
 明日、目を覚ますかもしれない。
 そう思いながらずっとずっと、となりに座っていた。
 時間は、とってもゆっくり流れているみたいで。
 眠ったお母さんはどんなに待っても目を覚まさないし、ホッケウがお母さんの時間に追いつくこともなかった。

 ホッケウは胸のあたりが苦しくなって、目を閉じて横になった。
 ホッケウの葉っぱの洋服の中のおくすりが、ころりと転がった。

 ホッケウはお母さんの口におくすりをひとつぶ入れて、もうひとつぶを自分の口にいれて飲み込んだ。
 そうしたら、お母さんと一緒になれる気がしたから。
 おくすりはとってもにがかったけど、ホッケウはがんばってのみこんだ。そのまま、つめたいお母さんに

くっついて、しずかに目を閉じた。

 どれくらい、ねむっていたのだろう。
「あなた、だいじょうぶ?」
 声が聞こえてホッケウが目を開けると、ずっと前にこんびにで出会ったにんげんが立っていた。
 にんげんの『おんなのこ』
 おんなのこははじめて見るホッケウが気になって、ホッケウをずっと探していたのだという。
 となりで眠っていたお母さんはいつの間にかいなくなっていて、おんなのこが来た時にはホッケウだけが横になっていたらしい。

 ホッケウと姿が見えるのは、子供のあいだだけ。
 おんなのこのおじいさんが、そう言ったらしい。
 時間が、ホッケウを見えなくしてしまうのだという。
 ホッケウには、むずかしくってよくわからなかった。
 おんなのこはホッケウといっしょにお母さんを探してくれた。
 だけど、森をどんなに探してもお母さんは見つからなかった。

 ひざをかかえたホッケウを、おんなのこが抱きしめてくれた。
 ホッケウに、友達が出来た。
 友達と過ごす時間は楽しかった。とっても楽しかった。
 二人並んで森をおさんぽをして、お歌を教わりおてだまをした。
 お母さんを何度も思い出したけど、お歌を唄って元気をだした。
 だから、だいすきなお母さんと一緒にいた時間のように、おんなのこと一緒の時間は、とっても早く流れていった。


 ある日、ホッケウの友達が泣いた。「もうすぐ大人になっちゃうの」そう言っていっぱい泣いた。
 大人になってしまったら、もうホッケウのことは見えなくなってしまう。
 触ることも出来ない。
 話すことも出来ない。
 違う世界のいきものになってしまうんだって。

 おんなのこは、ずうっと泣いていた。ホッケウも、たくさん泣いた。

 それでも、時間は止まってくれなかった。
『おんなのこ』だったにんげんは、ホッケウのことが見えなくなった。
 それでもおんなのこは、何度か森にやってきてくれたけど、ホッケウと一緒にお話をして、お歌を歌ってお昼寝をして、沈む夕日を一緒に見ることは、もう出来なくなってしまっていた。

 ホッケウは、またひとりぼっちになった。
 夜、ホッケウは空を見上げてお母さんと友達のことを思いだした。
 そのたびにズキズキ胸が痛かったけど、何度も何度も思い描いた。

 かぞえきれない時間が過ぎ去っても、ホッケウはひとりきり。
 たくさんのしずむ夕日を見送っても、ホッケウはひとりきり。
 お昼寝をしても覚えた歌を唄っても、ホッケウはひとりきり。

 ひとりぼっちのホッケウは、おくすりの入れ物をぎゅっと両手でにぎりしめた。
 星が輝く夜空を見上げて、ホッケウは星にお祈りをする。
 寂しい時間はもういやだから、毎晩毎晩、お祈りをする。

 はやく、はやく。
 ホッケウの時間が全部、なくなりますように。
 ホッケウの時間が全部なくなったら、きっと。
 時間がなくなって消えたお母さんに、会える。
 ホッケウは、ずっとそう信じていたから。

 たくさん時間がながれていって。
 たくさんの朝と夜が行き過ぎて。
 どれくらい経ったのだろう、ホッケウの時間も、あと少し。
 身体が自由に動かせなくて、ぎゅっとおくすりの入れものを抱いた。
 あたたかいお母さんのお腹を思っても、身体はつめたくなるばかり。
 やわらかい友達の手を求めても、ホッケウの手はなにもつかめない。

 どんどん、ドンドン。
 冷たくなって。
 でも、凍えたホッケウの身体を、何かがそっと包んでくれた。

「お母さん、この子?」
 ホッケウは、やわらかな手と懐かしい声に目をひらく。
 目の前にいたのは、にんげんのおんなのこ。
 ホッケウの友達によくにているおんなのこ。
 後ろには、むかし一緒に遊んだ、ホッケウのたったひとりの友達がいた。友達の時間はたくさん流れていて、友達は立派なお母さんになっていた。
 『おんなのこ』は、ホッケウを抱きしめていった。

「お母さんと友達になってくれて、ありがとう」
 ホッケウはおんなのこのあたたかさに包まれて、
 ゆっくりゆっくり、空の向こうに消えていく。
 あたたかい、やわらかい、やさしい声。
 小さなころにいっぱい抱きしめた、しあわせな思い出。
 ホッケウの目から大きな流れ星がこぼれ落ちていった。

 ホッケウは目を閉じる。
 大好きなお母さんの思い出に包まれて、ウトウトしている。
 大切な友達の歌声が聴こえた気がして、うっとりしている。
 とってもとってもあたたかい。
 とってもしずかな眠りについた。

 

 

【了】