旅行が趣味の後藤さんの話。
後藤さんは学生時代、友人を連れて某所へ旅行に行った。
その時、旅館の方から宿の近くにパワースポットがあると聞いた。
友人は乗り気で、ちょっとその恩恵を受けに行こうと後藤さんを誘う。
なんとなく嫌な気持ちがしたが、後藤さんは友人に従った。
当時は夏休みの時期で観光客も多く、宿を出てから道案内も必要とせず目的地に辿り着く。
そこには大きな御神木が立っており、その根に触れると『幸せになれる』との事。
御神木のそばにはすでに列が出来ている。後藤さんたちもその列に並んだ。
しかし、列が進むにつれ後藤さんは顔色を変えて友人に「引き返そう」と提案した。
彼のあまりの真剣さに、友人も何かを察して二人は列を抜けた。
こうして二人は結局御神木の根には触れずに帰路についた。
宿の部屋で友人が「さっきは何があった?」と後藤さんに問うと、後藤さんは顔を顰める。
「思い出すのも嫌な光景だった」
後藤さんには御神木の葉の隙間から、風に揺れれてチラチラする木漏れ日とは異なる、無数の不気味な影の動きを見た。その光景は暑さが空気を捻じ曲げているからか、昨晩ははしゃぎすぎて寝不足だった事による見間違いか。
そう考えてみても、後藤さんに纏わりつく嫌な予感は消えない。
やがて列が進むにつれハッキリと見えてきたそれは、人間の常識にある自然現象のそれではなかったという。それは木の葉に、幹に現れた異様な光景。
ぎょろりとこちらを向いた無数の目が、ご利益を得ようと群がる観光客たちを凝視していた。
またあるものは狂ったようにクルクルと黒目を動かしていた。
それらは木の色をしていて、それでいて決してただの木ではない何かであった。
必死に呼吸をしようと口を動かしている顔。溺れ苦しむような表情が根に触れる人々を苦痛に塗れた顔を見つめている。ニヤニヤと厭らしく笑う顔も見て取れた。
その様を見て、後藤さんはある事に気がついた。
「そもそも考えてみれば、木の根とは与える部位ではなく、吸い取る部位じゃないかって」
この御神木がいったい何を吸い取りここまで大きく成長したのか――。『幸せになれる』という曖昧な言葉が意味する所とは。
後藤さんの言葉に、友人も言葉を失ってしまう。
それきり、後藤さんはパワースポットと呼ばれる場所には懐疑的になったそうだ。
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