平成30年4月から6月にかけての
「本物の出会い 栃木」デスティネーションキャンペーン
(以下、「DC」という。) 開催にむけ、
今年は、プレDC特別企画!県南地域「文化財特別公開」の年
この日の3か所目は
医王山真言宗智山派寺 興生寺(壬生町)
医王山 興生寺の由来
当寺の開創は、平安時代の初期大同2年(807)と伝え、その後室町期の文明12年(1480)秀海法印によって中興され、当時壬生の地を領した戦国武将壬生家、とくに三代目綱房公の時代にその外護により寺格が整ったという。
現本堂は元禄年間の再建で、本尊は大日如来、また、瑠璃殿には薬師如来、十二神将、聖観音と六観音を奉安し、下野三十三観音霊場第二十一番札所となっている。 江戸時代まで代々壬生城主の祈願所であり、真言宗檀林所の格式を有し、徳川幕府より御朱印寺院として認められた。 又、京都醍醐寺より菊の紋章、門跡号の使用を許され、末寺三十二か寺を有した。現在は真言宗智山派に属している。
壬生町観光協会
現本堂は元禄年間の再建で、本尊は大日如来、また、瑠璃殿には薬師如来、十二神将、聖観音と六観音を奉安し、下野三十三観音霊場第二十一番札所となっている。 江戸時代まで代々壬生城主の祈願所であり、真言宗檀林所の格式を有し、徳川幕府より御朱印寺院として認められた。 又、京都醍醐寺より菊の紋章、門跡号の使用を許され、末寺三十二か寺を有した。現在は真言宗智山派に属している。
壬生町観光協会
本堂となりの瑠璃殿には、
薬師如来座像とその眷属、十二神将が配置され
コチラの寺院、奥さん方親族の菩提寺のため本堂での法事の折に立ち入ったことはありますが~法事の際に見学。というわけにはいかずw
今回の機会にゆっくり奥まで拝見させていただきました!
本堂内右手には
長谷川久蔵(長谷川等伯の長男)作
また来年のDC(デスティネーションキャンペーン)には、よろしくです!!
お次は壬生町~下野市へと移動しまして
薬師寺跡周辺をめぐりまーす。
○●○●○●○●○●
瑠璃殿の薬師如来座像、と、十二神将
聖観世音像と六観音(上野原七体観音)
次回公開予定は、
毎年9月の供養の法要「施餓鬼会(せがきえ)」
事前に寺院にご確認くださいね~














