前回までで、南部氏の太祖光行さん話は終わりまして、今回は根城南部氏の初代となる、実長さんのお話です。
南部実長は光行の三男で、父から甲州波木井(現在の山梨県身延町)を引き継ぎました。 父光行同様に、実長も鎌倉幕府に仕えていたようです。
1153年 日蓮との出会い
この年に実長と鎌倉の町で辻説法をする日蓮が出会ったとされています。 根城南部家の家伝によれば、
(実長、資性篤実にして思慮深く、鎌倉幕府に仕う。たまたま日蓮の辻説法を聞き深く感ずるところあり。僧日蓮のため、身延山久遠寺を開創し、その教化を崇信せり)
とあるそうです。 日蓮のことを書くと長くなるので書きませんが、実長が鎌倉幕府に弾圧される日蓮を保護して、自分の領地の身延に招いて草庵を寄進したってことですね。
その実長は、深く日蓮の教えに帰依し剃髪して日円と号し、日蓮がなくなった十五年後の永仁五年九月二五日に波木井でなくなったそうです。 日蓮宗の総本山である身延山久遠寺には南部実長の銅像が飾られているそうです。
国家の前途を憂い続けた日蓮の精神は実長から後の根城南部家にうけつがれていくのですね。根城南部家の軍旗は南無妙法蓮華経 この軍旗を先頭に朝廷に対する忠義をつくしていくわけです。
さ、次回は根城南部家四代目の話を建武の親政とからめて書きたいと思います。
それでは(^-^)ノ~~