飯坂温泉に行ってきた話 その1 | 正直、スマンカッタ!

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フリーランスライターSATOの仕事&プラペの記録。

超古新聞だが、昨夏、福島県の飯坂温泉を旅した際の出来事を書く。

お盆明けの8月後半、家族(含子供2名)で温泉に行こうということになった。
計画性がない家族なので、こういう旅行の時はたいていは前日予約になってしまう。
当然、いい場所のいい旅館には泊まれなかったりする事が多いのだが、
俺の商売上、突然、スケジュールが埋まったり、
パッと空いたりする事が多いから、いかんともしがたいところではある。

さて、今回はどこに前日予約をしようか。
いつも通り箱根か、それとも思い切って房総(どういう意味だ)にするか。
そういえばJTBの旅行券が約2万円分あった。
色々調べると、旅行券が使えるツアーとか宿だと
前日予約は対応してくれなさそうだから、交通費に充てよう。
JTBの窓口ではJRの切符を購入できる。
確か払い戻しができなかったはずだが、まぁ、いいか。

種銭があるとなると、多少、遠い場所でもいいだろう。
那須塩原界隈のガツーンとくる硫黄の湯が好きなのでそっち方面も考えたが、
駅からの距離があるので、車の旅じゃないとちょい面倒である。
ならば、もう少し北に向かおう。
そうだ、福島だ。
震災後のなんやかんやにアレしてる福島を支援するという意味も込めて。

俺の実家は会津若松だが、福島は広い。
中通りやいわきには、行ったことがない場所がたくさんある。
会津地方以外で探してみよう。
で、コンビニで買ってきたじゃらんを何気なくめくっていると、
ふと福島市は飯坂温泉にある「ホテル聚楽」の名が飛び込んでくる。

聚楽と言えば「じゅらくよ~ん」である。
https://www.youtube.com/watch?v=hxNFbNrijQg
マリリンモンローのそっくりさんを起用したお色気CMは、
特定世代にはあまりにも有名ではなかろうか。

CMの雰囲気からわかるとおり、
かつてはおっさんの欲望を満たす方面のホテルだった。
多分、あんなパフパフやこんなパフパフも行われていたのだろうが、
社員旅行や接待旅行なんていやよん世代がはびこるこのご時世、
聚楽もアントニオ猪木のPKO(by新間)では立ち行かなくなったのだろう。

今ではシェフが目の前で調理するバイキングや子供向けのイベントを用意するなどして、
一家そろって楽しめる宿として展開するようになっている。

名物のかみなり風呂(15分に一回雷が鳴り響く謎演出)も健在。




温泉旅館ならではのゲームコーナーもある。
これなら飽きっぽいウチの子供も楽しめそうだ。
料金プランも一人1万円台前半と良心的。
これなら零細な俺でもなんとか宿泊できるだろうと、
何故かわからんがじゃらんを使わず、
ホテル聚楽@飯坂HPhttp://www.hotel-juraku.co.jp/iizaka/でポチっとする。
宣伝したのでなんかください。

前日予約でも問題なかった。部屋は空いていた。
実は、個人的には「大丈夫だろう」とタカをくくっていた。
それはある意味では「下に見ている」、
引いては「馬鹿にしている」と言われても、
俺には反論できる言葉がない。

原発事故後の影響で福島市の放射線量は、
決して低くはない数字を弾き出すようになった。
飯坂温泉も例に漏れず。
平成23年6月と平成24年3月の比較ではこんな感じである。
http://www.city.fukushima.fukushima.jp/uploaded/attachment/10855.pdf

自分自身はこれくらいの線量でどうなるというわけでもないと思っている。
ましてや、旅人である俺達に何が起こるというのか。
ほんの少しだけ滞在するに過ぎないのに。
そもそも、ラジウム卵の誕生の地たる飯坂温泉で何を言うかということになる。
放射線がバリバリに発生するラドン温泉にたっぷり浸けた赤い卵は
昔から飯坂温泉の名物として誉れ高い。

でも、避ける人も多いだろう。
いわゆる風評被害って奴だ。
きっと、飯坂温泉を訪れる者も少なくなっている。
宿も困っているはずだ。
だからこそ、家族連れで訪問しようという我が家族は
相当なインパクトとなるのではないか――

そんな傲慢さを無意識のうちに抱いていた気がする、無意識のうちに。

結論から言ってしまえば、実際、街全体に人は少なかった。
それは震災の影響でもあるが、震災前からの問題でもある。
地方の小さな温泉街はこの十数年、不況の影響を受けて苦戦し続けている。

ただ、ホテル聚楽に限って言えば、
そんな状況下でもほぼ満室だった。
館内は驚くほど多くの子供達の元気な声で満ちていた。
俺達が前日予約できたのは単なる偶然に過ぎなかったのである。

ホテルの賑わいを見て、とてもうれしい気分に包まれた。
しかし、いま振り返ると、賑わいを“意外”に思う自分もいた。
小さな心の動きではあった。
しかし、そのほころびがきっかけとなって、
人の感情はねじ曲がっていくのである。

震災後、今現在もなお、俺は色々な「善意」に接してきた。
けれども「善意」ってなんなんだろうな。
俺の下に見ていた目線が、善意と融合した時、
それはとてつもなく危険な凶器にになるのではないか。

飯坂温泉の旅行記、本当は昨夏に書こうと思っていたけど面倒で放置していた。
が、考えるところがたくさんあったので、
改めて記してみる。
何回かに分けて書いていくつもりです。
乱文、失礼しました。