今日の朝、シャワーを浴び、湯船にゆっくり浸かって・・・
先日、floweringセラピー® 陽子さん&光平さんのセッションを受けて、、、
そのセッションで私が思い知らされたこと、感じたこと、、、などや、
floweringセラピー®の「愛すること」「愛であること」「寄り添うこと」・・・や、
ある人の私へのLINEメッセージや
先日ふと読み返した「100万回生きたねこ」の、ねこのあのシーンでの想い、、、など、
いろんな「愛」について思いを巡らしていたら、、、
涙が出ました。
floweringセラピー®の「愛である」ことってこういうことだろうか、と初めて感じました。
「愛でいる」こと
「私はあなたを愛します、なぜなら私が愛だから」
「寄り添うこと」
その他、floweringセラピー®で言われている言葉が次々と私とつながりました。
心の静寂の中に、温かい愛でいる、ような・・・
愛である=静かに佇む存在であり、あの人も、この人も、同じように愛である、ような・・・
なんとも言葉にはしがたいけど、
そのときは「愛である」とわかる感じがしました。
話は前後しますが、
先日、floweringセラピー® 陽子さん&光平さんのオンライン・セッションを受けました。
私は「愛でいたい」「本当の自分につながりたい」と切望するわりに、
彼らのセッションをあまり受けてこなかった、、、
振り返って「・・・短い時間に何を学べるだろう?・・・」と思っていたのかもしれませんが、
何かそういう手段を忘れていた、わかっているようで見逃していました。
なので、5ヶ月コースなどでセッションを受けて以来のかなり久しぶりのセッションでした。
セッションを受けて、とても良かったです。
私がセッションで一番学べたことは、私のエゴ(思考)さんのこと。
エゴさんはうまくやりたい、にも関わらずできない、失敗つづき、
エゴさんは「悲しい」「辛い」状態にも関わらず、
私(の別のエゴ)に責められる、ますます辛い状態に。
こういう状態だというのです。
セッション中も、そういうエゴによる私の行動(私がエゴに乗っ取られて「正当性」を主張する)が出てしまい、陽子さん、光平さんに指摘を受けて、よくわかりました。
そして、自分でもよくよく自分の行動を振り返ってみると・・・
エゴさんはうまくできないことに対し「辛い」「悲しい」状態を経て、
挽回できないものか?と「焦って」「何かせねば」とバタバタとやりたがる。
・誰かへの対応の失敗に対しては、対象の人へさらに働きかける(言葉をかけたり)
ー>でも、さらに失敗しがち。
・仕事での失敗に対しては、さらに一生懸命仕事する。
ー>それも暗い気持ちでやるので、さらに失敗するか、あまり良いものにならない。
ー>次第にワーカホリックになりがち
・失敗つづきだと、挽回の手順を考え、その考えを主張して、実行しようとする。
そんな私のエゴ(思考)さんに、温かい声をかけて、癒してあげるfloweringセラピー®。
すると、エゴのチカラが過剰に入ったカラダがほぐれ、安心をカラダで感じられる。
このブログ冒頭の、湯船で「愛」について思いを巡らせたとき、
そんなエゴさんも、そして、エゴさんの守るチャイルド(インナー・チャイルド)にも、
声をかけてもいました。
エゴやチャイルドも私の一部、仲良くしたい。( floweringセラピー®の教え )
そうしていると、
私のエゴが焦って、頭の中が忙しく働く感じもおさまっていたのかもしれない、
そう思います。(瞑想の時間をとっても、いつもなかなか静かにならない)
「愛でいる」こと
なんか、とりとめのない文章になってしまったかもしれませんが、
ただただ、嬉しいことだったので、書いてみました。
ますます「愛」を生きたいです。
最近、家に招いたお花