新世紀エヴァンゲリオンの最後、人類は「人類補完計画」という悲願を達成する。

 

「ATフィールド=身体」という他者とのあいだの壁が消えて、すべての人間は、世界は、一つに溶け合う。

 

わたしもあなたもない、アレもソレもない、完全な一体。

すべての感情も出来事も、瞬時に知覚されて世界全体で共有される。

世界のすべてが私であり、過去も未来も私であり、すべてが既に理解済みなのだから、因果関係なんて考える必要はない。時間という観念は消えてなくなる。

 

もう理解し合うことも、愛を語り合う必要もない。

科学も芸術も哲学も言葉もみんな、必要ない。

それは理解できないことや表現できないことに対する、人間の挑戦だったのだから。

 

世界のすべてが一体で、そのまま私である。

つまり私は神であるか、または神と一体である。

 

神の世界というものを想像するならば、だいたいそんなものになると思う。

ドストエフスキーもたぶん、そんなものを想像していた。