4月に入ってから、雨続きで
月曜日に雨だと
ちょっと気分がメランコリー

ゆう〇つ、という言葉をあえて使わない
そこまで、重たくないから・・・
言葉は大事にしたいのです
昨夜、4月に開催するお茶会の
リハーサルをしました。
実際に、仲間に参加してもらって
フィードバックをもらう
ワークをしてもらって
いろんなおしゃべりをした
ネタバレになるから
詳しくは書けないんだけれど
その中の一人が
こんなことを話してくれました
「優しい」って言われても
優しくない自分もいる
そうだよね
優しい自分も
優しくない自分も
両方がいる
それを、優しくないと言える
その方は、やっぱり優しい人なのだなと
感じたわけです
自分の中に
欠点などない
そう思っている人は
欠点に、気づいていないだけ
「ある」と認めるだけでいい
そして、欠点こそが美徳なのだと
しみじみ感じたのでした
「わたし、優しいんです!」
って、いう人がいたら、どうでしょう?
たしかに、優しいかもしれないけれど
自分で言うな!って、日本の社会では犬猿されそう
自分の中の、優しくない自分を
マルっと認めて
「わたし、優しいんです!」
そう言われたら、
この人は、優しくあろうとしている人なんだな
そんな覚悟の宣言なんだとわかる
それくらい、自分の中で
認めているか認めていないかを
人は敏感にキャッチしている
潜在意識のことを学んでから
「全部が愛」だと
思うようになりました
人に優しくできない時って
自分を守っていたり
自分に余裕がなくて
自分を優先させていませんか?
それって、いけないことなのでしょうか?
今は、自分自身に優しくしている時
それで満たされたら
優しくできる人だと
知っています😊
人に向けた優しさも
自分自身に向けた優しさも
どれも、愛じゃんね!
そして、
厳しい愛もあるんです
最近、夫が優しくしてくれません(^^ゞ
元々、優しいのですが
自己中心的なところもあります
優しさって人それぞれで
わたしの欲しい形ではくれない
ということ
わたしも、きっと、相手の欲しい形では
優しくしていないのでしょう
相手の欲しい形にするのが
「思いやり」だったり
「コミュニケーション」
だったりしますね
愛も優しさも
どちらも、みんな持っている
中に持っていても
行動にうつしていない
それは、受け取ってくれなかった
過去のトラウマだったり
何か、ブレーキやブロックがあったり
みんな、本音で話さないから
面倒くさいことになっている
そんな風に感じています
「こうして欲しい」
その中に
言葉と違う、本音が隠れている
そうすると、その本音の方が
叶っている
心の奥で思っている
自分の本音に気がつくと
運命の輪が回りはじめますよ~♪