前回の平昌オリンピックで
小平奈緒選手が金メダルを獲得した直後の
ライバルとのシーンが話題を呼びましたね

レース後には金メダル候補だった
ライバルの韓国選手と抱擁
号泣するライバルを抱きしめ、
何度も言葉をかけている姿が、
とっても印象的でした
きっと、負けた方は
いろいろな想いがあったでしょう
前回、前々回の王者でもあり
自分の悔しい思いに加えて
金メダル候補として、期待されていたし・・・
あのシーン
感動しました
素敵だな
こんな風な関係になれるっていいな
だけど、自分には関係ない
そんな風に感じていました
なぜなら、
あんな風に声をかけたら
余計につらくなるのでは?
何て声をかけたらいいかわからない
そう思ったから
勝った!!
そういう優越感が
ほんの少しでもあったら
負けた相手への同情があったら
声をかけることはできない
そこには、ライバルを敬う気持ちがあった
そして、強い相手がいたから
2人はここまでこられた
切磋琢磨しながら
アスリートとして
人として
磨かれていったんだな
金メダリストが、
格下の相手に声をかけたのとは
全く違う
同じ夢を追いかけてきた
好敵手だったのでしょう
相手にとって不足はない!
日々、劣等感や優越感を感じている
そんなわたしには、できない
そう感じました
あの頃のわたしは
橋本病でほとんど寝たきり
できない自分を認めることができなかった
外に出て誰かと会っても
できている自分を作って
取り繕うことに必死
だから、周りは敵
気づかれてはいけない
弱い自分を見せたら
攻撃される
バカにされる
マウントを取れれる
そして、嫌われる
何よりも、嫌われることが怖かったんですね
今でも、怖い
嫌われて、一人になることが・・・
それなのに、自分を出せないことで
ずっと孤独を感じていたのだから
本末転倒もいいとこ
自分を出せない
そんな私には
遠い遠いお話でした
今でも、毎日のように
劣等感を感じているし
優越感も感じている
そして、そことは違う視点
自分を認めているわたしと
ライバルである仲間や
目の前の人に対して
わたしにはない
素晴らしいところを見つけられる
相手を認めている状態
その、両方がある
どれだけ相手を尊敬できるかは
どれだけ自分を認められているか
そして、
どれだけ相手のことを知っているか
想像できるか
1番は
ダメな自分をどれだけ認められているか
小平選手みたいになれているとは
間違っても思っていない(^^ゞ
運と才能と努力だけで
金メダルを取れてしまう人もいる
その人たちは、果たしてしあわせなのか?
ずっと、勝ち続けることはできる?
それよりも
良い時も、悪く思える時も
寄り添い
励ましてくれる仲間や
応援し合える関係がある方が
人として豊かな生き方ではないかな
人として、まだまだのままで
ちょっと先をいくライバルの成功を
ザワザワしながらも
心から歓んでいる
それは、ダメな自分を認められるようになったから
ザワザワは
自分が頑張る原動力に変える
勝っても負けても
頑張ったと誇れるわたしでありたい
頑張れなかった時期があったから
頑張れることが嬉しい💖
だけど、頑張れなかった自分も
大切な私自身
ゼロの自分
そこを置き忘れていないか?
もっともっととエンドレスになると
疲弊してしまう
本当に欲しいものを知っていると
結果だけじゃなく
過程を楽しむことができる
今のわたしも
悪くないな
今の自分に言いたいことは
「もっと、悔しがれ!!」
悔しいということは
そこまで行ける自分を
想像できているから

できることが当たり前なのに
できていない自分に違和感を感じている
できる理想の自分と
今の、できない自分との間に
めちゃくちゃギャップを感じている
悔しいという気持ちも
一人では感じることができない
人は人で磨かれていく
人は、人でしか磨かれない
だから、嫌なあいつも
羨ましい相手も
誰よりも必要な存在
「ありがとう」なんだね!
なかなか、すぐにそうは思えない時もある
そんな自分ごと
愛おしく思えている
木更津は、春一番が吹きました🌸
わたしの体感です💖
Love you♡
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