花火はわたしのアキレス腱の一つでした
誰でもあるでしょう?
無性に哀しくなることや
無性に淋しくなること
記憶に紐づけされた
様々な感情
私の場合は、それが花火でした
夫と、一度お別れするくらい
わたしにとって、それくらい重要な出来事
付き合っていた頃の話なので
離婚歴はありませんが
結婚していたら、どうなっていたのかな・・・
Facebookで1年前の投稿が出てきて
てっきり、2年前だと思っていたけど
1年前・・・?
なんだかんだ、花火は毎年見ていたんだね
人の記憶なんて、結構テキトー💦

花火を見ると、なぜだか無性に淋しくなる
鎮魂だからっていうけど
そういう記憶もあるかもしれないけれど
わたしの場合は、それだけじゃなくて
夏の想い出
母との記憶
祖父が表具屋で
地元の香川県の高松に三越デパートがあって
毎年、夏になると
恐竜展など、子ども向けのイベントがありました

子ども向けだけど
わたしは連れて行ってもらったことがなくて
そのイベントのために
家族が総出で準備をしていて
大忙しなわけです
母も夜中まで手伝いに行っていて
小さなわたしは
親戚のお姉さんに手を引かれて
花火を見に連れていってもらいました
だけど、周りが家族連ればかりだったせいか
それとも花火を見て、淋しくなったのか
母に会いに行く!と言って
なれない下駄で、会いに行ったのです
※高松三越といえば、このライオン♪
わたしにとっては、淋しい記憶でした
それが、ふとした瞬間に
思い出した
自分の意志を通した時の
真っすぐ向かう気持ちとか
遠くから会いに行ったことの
誇らしさとか
働く母の後ろ姿に感じた
尊敬の気持ちとか
それでもわたしを気遣ってくれる
母の優しいまなざしとか
ホッとした気持ちと疲労感
安心感とあたたかい気持ち
母の姿が見えないだけで
こんなにも不安になる
その危うさとか・・・
存在があるとわかっただけで
こんなにも安心できる

それは、母が亡くなっていても
変わることなく
わたしの軸になっています
結局、過去の記憶なんて曖昧で
強烈だった記憶だけを覚えている
あたたかな記憶は
その奥に、そうっと
大切にしまわれていたりするんです
だから、ストレスクリアのセッションでは
触れられたくない過去には一切触れずに
1枚1枚
要らなくなった厚い毛布を
安心安全な場所で脱ぎ捨てていくように
気がついたら、現実が変わっている
そんなことが起こるんです
1年前は、誰かといることで紛らわしていた
そういう淋しさとか空虚感を
今は、あまり感じずにいます
同じ花火を見ても
心持ちが去年と今年では
全然違う
それくらい、心って大切
淋しさとか空虚感
これが、なくなることはないかもしれない
それは、母の存在の大きさだから
しかたないなって、思う
それを、他の誰かで埋めなくっていい
他の何かで埋めなくっていい
ああ、淋しいんだなって思う
それだけ
人が空を見上げるのは
今はそばにいない大切な人を
思い出すからかもしれない
最近、わたしが空を見るようになったのは
淋しさに囚われなくなったからかもしれない

亡くなった人は
障子をはさんだ、隣の部屋にいるとか
角を曲がった
その先にいるとか
見えないだけで
存在は「ある」
曇りの日の太陽みたい
わたしも誰かの太陽になりたいな♡
生きてるだけでまるもうけ
時々、角を曲がって会いに行きたくなるけど
やるべきことをやり終えてからじゃないと
怒られちゃうので

今日も、頑張って生きよう
会いたくなったら
体感してあたたかい気持ちになれるから
体感するって、いいよ♡
今日のお仕事が終って、
解放されたところを体感してから
取り掛かりまーす♪
楽しい日曜日になりました♡
最後までお読みいただき、ありがとうございます✨
Love you♡
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