きさらづみらいラボ主催の、レゴブロックを使った、対話技法ワークショップに参加してきました。

シリアスというのは、子ども向けの玩具で「遊ぶ」ことを楽しみながら、真剣にやるから?だそう(笑)

休日の3時間…。

直感でいい!と思ったものはやる!

と決めてから、今のじふんに取って必要なものに、ちゃんと導かれているなぁ、と感じています( ꈍᴗꈍ)

今までなら、子どもが〜とか、時間が〜とか、いろいろ言い訳を考えて、諦めていた。

子どもや家族を大切にすることは、とっても素敵なことだけど、やりたいことを我慢して犠牲になるのは、苦しいからね。

そろそろ、夫や子どもを言い訳にして、逃げるのはやめよ。

どちらを選びたいかは、人それぞれで、自由に選べることにも感謝だなぁ。

最初に、「タワー」というお題が出されて、55個のパーツを好きに組み立てて、作品を作りました。

がっ、あまりに上手く出来なくて、向かいの方の作品を(/ω・\)チラッ 

ありゃ、全然違う^^; 

あ、そうやればいいのかと、カンニング(笑)

実は、レゴはあまり好きではなかった人…^^;

イメージ通りの物が作れない。。。

じふんの技能が理想(イメージ)に追いつかなくてイライラするから。

絵を書く方が好きだった。

あと、人の作品の方が良く見える。

そんな劣等感の塊だった子ども時代。

さすがに今は、他の作品を見て落ち込んだりはしないけど(笑)

違うことは、素敵なこと💗

そして、人の良さを見つけられるのは、劣等感の塊だったわたしの、強みでもある( ̄ー ̄)ニヤリ 

自己紹介と作品の説明をして、その作品の気に入っているところや、こだわりポイントを話します。

説明を聴くと、その作品に息が吹き込まれたみたいに、より素敵なものに観えちゃうから不思議〜🎶

しかも、説明をする時は、作品を見ながら話しをするし、聴く方も、作品を見ながら聴く。

最後に講師の方に質問をしたら、作品と個人を切り離すため?だとか。

うんうん、なるほど〜。

人と話しをする時に、その人と話す内容が同じになるから、あの人はあんなことを言って〜💢となる。

なんだろうね、そこに言語を挟むと、誤解が生じたりするよね。

否定するつもりがないのに、否定したと捉えられたり、誤解が解けても、そんな表現じゃ伝わらない、とか。

これは、あくまで私個人の解釈だけど。
(今回初参加で、概念とかまでは理解できてないから)

魂の深いところを知ったら、誰のことも否定できないし、嫌うことも出来なくなるんだろうな〜っ、て感じている。

言葉は、この作品の個性みたいに、みんな違うんだろうね。

あと、他の人の作品を、大切に扱って下さいね💗と。

作品を壊すことは、相手を否定することになります、って。

あ〜、わかるなぁ、それ。

娘の作文を、いじくりまわそうとしたことがあって。

良かれと思ってやっているうちに、どんどん娘の個性がなくなってきて…。

荒削りだけど、このままでいいんだと思った。

じふんが子どもだった頃に、されて嫌だったことを、大人になったら忘れてしまって、じふんが子どもに対してやっていた😱

濃厚な3時間だったので、とても文章に収まりきらないくらい、いろいろなことを感じました。

1番年輩のおじちゃんがいて、レゴを触るのが、初めてだって😳

年輩の男性なら、あり得ることよね。

だけど、びっくりしたわけです。

この間から、じふんの常識が、余りに狭い世界で作られていたと、感じる機会がたくさんです。 

写真は、イラストの完成図から、好きな作品を選んで作ったものに、「じふんのモチベーションを上げるもの」を最大3個を選んで、足したもの。

最大3個なのに、4つ選んでいる時点で、人の話を聞いてないな^^;

わたしのモチベーションを上げてくれるものは、「じふんの人生をじふんでコントロールしていると感じること」と、「じふんの好きなことをしている(キラキラした物を見ている)時」

あとは、その場では言葉にならなかったけれど、「ここにいるから見て」と、存在を認めて(見つけて)欲しいと思っているんだな〜と感じました。

だから、わたしが選んだのは、「わたし(人形)」、「花(キラキラ)」「旗(目印)」

隣の方が、「子ども達の笑顔」と話されるのを聴いて、夫や娘のことは一切頭になかったと、まだまだ「じふん」ばっかりだな〜と、ちょっと残念な気持ちになりました。。。わたしってorz

だけど、存在を忘れてしまうくらいに、空気みたいに必要な存在だと、気づかされた講座でした。←ということにしておこう^^;

みんな違って、みんないい(笑)(つづく)

週末の貴重なお時間に、お読み頂き、ありがとうございます(*˘︶˘*).。.:*♡

Love you💗