それから、

街にはすぐさま警報が響き、防災放送がスピーカーで流れる。町役場からであろう若い女性の声で、地震の発生にともない、15時ジャストに志津川湾に津波が到達するので、高台に避難するようにと言っている。


業務をすぐ中断し、カーラジオを点け現状を確認しながら、湾が見渡せる墓地まで移動した。


そこでの光景は・・


到着予想時刻を過ぎていたので、少し興奮は治まったが、

沖合い遠くに波のトップが見える。

映画で見たそれとも、若かりし頃台風の日にサーフィンで見た海ともちがう。

静かでこれは被害は出ないかな・・でも海の高さが見る見る盛り上がって行く。


高いままどんどんこっちへ向かって来る 「やばいかな・・」 この高台で大丈夫か不安になってきた。


地元の漁師も同じ場所で、避難勧告が終わるのを待つ。「この高台で大丈夫ですか?」と問うてみるが「ここまでは絶対に来ないw」と。


急いでたのか、赤ん坊を含む家族連れが、防寒に毛布をいっぱい持って下の方から上がって来た。

それから1~2分後、


沖にあった牡蠣養殖のイカダが、もの凄い勢いで陸地に乗り上げた、さっきの漁師のオヤジが「あーあーあー・・・」と叫ぶ、どうも所有物らしい。


これが津波?・・海水自体の量が増えて陸地を満たそうとしている。


港に置いてあるが水に浸かったのか、ホーンが鳴り止まずどんどん数が増えている、

木が折れる音が半端なく大きいし多い・・家が破壊する音、

目の前を、イカダや網と車と家とガレキが渦を巻きながら流れ、


いつしか数え切れないホーンの音しか聞こえなくなった・・役場もダメなのかも。

またいつ第二、第三波が来るか分からないのでしばらく車に留まった。


CGや合成でないそれを周りのギャラリーは携帯で撮っていたが、俺は夕方のニュースで同じようなものを見れるであろうから、今は自分の目で見る方を優先していた。が、本当は目の前の大惨事を記録したいと思わなかった。


一波が到達してから、2時間弱で海の高さは元に戻り、電力が途絶え、携帯電話は使用出来ないとすぐに予測できた。


被災したと確信がもてた。


あれから、10日以上経つが、生活は不便を強いられ、テレビ報道は毎日同様な画像を繰り返し配信する。


阪神大震災の時も、大阪市内で暮らして若干、震災というものを経験したが、今回は違・・・


現場を間近で体験したので記録の意味でもアップすることにする。




3/10 バイト中に連絡があり、それまで従事していたドライバー業務から、明日は日帰りで外で工事関係の業務を言い渡された。経験を積む為に快く承諾し注意点を確認する。



現場は南三陸町志津川で長時間の外での勤務におよび厚着をするよう言われた。



3/11 AM11時現地入り。民宿下道荘付近で業務。



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お昼近くと言うのに、この日は寒く粉雪混じり。工事は着々と進み、最後の確認をするまで進行する。



記憶に鮮明に残っているのは、


PM15時前、カモメ?海鳥?・・鳥には間違いないが、遠くで一斉に鳴き声がする。


それが、狂ったかのように雄叫びに近い。



次の瞬間!


大地が揺れ治まりつかない。屋外だったので、つかまる物より、落ちてくる物に注意し、揺れの静まるのを待つ・・



止まらない、5分?10分?船酔いはしない体質だが、動いているのか止まっているのか分からない。



自らも沿岸部に居たので携帯電話が使えるうちに、大切な人へ注意を伝える。すぐに海から離れなければ!




・・・昨年秋に衛星放送でオンエアしていた映画の『2012』、あの大津波を思い出した。