停電になって使えないものは、

テレビ
パソコン
携帯‥

移動中こまめに携帯電話は電源OFFにしていたがそれでも、バッテリ-型充電器は必要。
でも、帰宅時には全てダウンしていたので、規格外のを繋ぐ。
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同じくラジオも。
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なにもできやしないし、外部へ連絡も取れなくて思いついたのは有る物でなんとかする。

なんか、小型爆弾みたい(笑

ちなみに、ガスコンロとハンゴウがあったのでこの日はカレーでした。
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3/12 AM9時

またも、カーナビに表示されない自衛隊が来たと思われる道を探し、山から歩いて避難所に向かう人に、抜けれるのか確認しながら進む。

道と言えど、退避所がない車1台がやっと通れる道。
途中、一人で歩いてる人に聞いたが、昨夜、凍結道を強行し谷に車を落としたそうだ‥昨日の判断は間違いではなかった。

AM11時

被災後初めて携帯が鳴り、家族に所在を確認できる。

やっと町うちに出たが、電柱は折れ、アスファルトは段差ができ、川を渡れる橋の有無を調べる。

予測はしていたが、内陸も悪路の影響で混み合う。すでにガソリンと物資を求め行列‥どうなるんかな。

意外と早く日没前に自宅に戻れたが、ライフラインは全てストップ‥備蓄の食料、水、いつ復旧出来るか分からない為、うち中の電池を1ヶ所に集めた。

今は情報が欲しい為、ラジオを点けたまま過ごす。


PM17時過ぎ

波が引くのを待っている間、状況確認の為、カーラジオと携帯電話のワンセグを情報源としていたが、「宮城沿岸部が壊滅、空港も・・」信じられない光景(前日は空港周辺で業務を遂行していた)


帰路は確保できるか、目視をしたくて沿岸の国道に降りるが、電柱が折れガレキなどで塞がり、更に冠水アスファルトは亀裂、沈下・・山道もあるがナビにも出ない細い道な上、夜間は凍結の恐れ、今日中には家に帰れない事を認知せざるをおえない。

朝まで待って、道を探しながら帰宅しようと社員一同、意見は一致した。


車内泊で燃料使って孤立するより、避難所は寒さをしのげ、情報と物資があると予測し、地元の方に場所を伺い、ベイサイドアリーナという公民館へ向かう。


大きな地図で見る

そこへは、近所の工場から逃げ出してきた工員や郵便屋、消防、警察、地元の方、年寄り、街中の人が居る。

が、なぜかロビーに人だかり?館内は天井からパネルが落下し、まだ落ちそうな物があるため、中は立入り禁止となっている。


日帰りの予定だったので、食べ物は全く持ち合わせて水筒のお茶だけで、空腹で体力を消費したく無かった為、2Fの観覧席に体を伸ばす所を確保した・・が寒い。

即席の避難所で、パニックの人達が行き来するため、風通しが良すぎ体感的には館内でも氷点下の寒さに感じる。


俺は何とか仮眠できたが、他の社員が寝れない為、車内へ戻る事となった。ヒーターがあるだけましかもね。


公民館の駐車場に消防がやたら多いと思ったら、裏山で火災らしい・・ここからも火の手がわかるくらい近い、大丈夫なのか。


ろくに寝れなかったが、朝を向かえた。昨日は居なかった自衛隊が到着し、状況を視察しているようだ。街から山道を使って来たのであれば、ここから脱出し帰宅できる事を確信した。