出産の翌日、この日は娘とのお別れの日。
お昼過ぎに火葬の業者の方がお迎えに来てくれるとのことでその前に娘との最後の時間を過ごした。
最後のお別れのため義理の母も遠くから病院に来てくださり、夫と母と義理の母と一緒に娘が眠っている小さな棺の中にハンカチ、お花、お人形などを入れた。
「これで少しは寂しくないかな」と言いながらたくさんのお花とお人形に囲まれた娘をじっと見ていた。
娘に触れると昨日よりも冷たくなっていた。
娘の姿を直接見ることができるのは、触れることができるのはこれが最後。
ずっとこのまま一緒にいられたら、、そう思ってまた涙が止まらなかった。
しばらくして、看護師さんが病室まで迎えにきた。
これが最後だと実感も湧かないまま、みんなで娘を見送った。
その後、私も退院した。
娘のいない病院で周囲の気配を感じながら過ごすのは
辛かったので早めの退院を希望していた。
夕方頃、家に帰宅しその後は抜け殻のように過ごした。
ここまで怒涛のように色々なことが起こっていて、
頭が追いついていないまま、心ではどこかとても大きな悲しみを感じていて涙が勝手に溢れ出す、そんな感じだった。
夜になると悲しみや不安感が強くなった。
行き場のない悲しみを抱え、泣きながら眠った。
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"娘の写真と臍の緒"
今回の死産で、最初私は赤ちゃんのものを遺すことは何も希望していませんでした。足型や臍の緒、写真ですらも夫が希望するなら夫の方で保存しておいてと言っていました。
それは、あまりに小さい我が子を見るのが辛いと思ったから。
形として何かを遺すことが辛いと思ったから。
しかし、生まれてきた娘を見て、、やっぱり娘の姿や娘が私のお腹で生きていた証を遺しておきたいと思い、臍の緒と写真を遺しました。
皆さんもそれぞれ色々な考えがあると思います。
毎日、娘の臍の緒や写真を見るたびに涙が出ます。
それでも娘のことを忘れないために、これからもずっと大切にするために
形として遺しておいてよかったと心から思います。
写真を遺すという決断をしてくれた夫に感謝です。
今回の投稿で今回の死産についての記録は最後です。
次回以降は今の自分の気持ちや日常について書いていければと思っています。
よろしくお願いします。