― 第3話:もう一度、このチームで。―
たしかに、あのときの自分は “闘う”ことで評価を得て、
そこからいろんな人に助けられて、支えられて、ここまでやってこれた。
でも、そんなに都合よく生きてきたわけじゃない。
電熱コンロの消し忘れ、拙い英語、文化の違い――
小さなミスや不安は山ほどあった。
それでも「このクラブでサッカーができること」が、
何よりの誇りになっていた。
当時の自分にはプロレベルの技術もなかったし、
自主練もせず、ちょっと太っていたかもしれない。
でも、ボールを蹴るとき、プレーの一瞬一瞬を心から楽しめていた。
それは、クラブのプレジデント・アンドレアスさんや
チームメイト、街の人たちのおかげだったと思う。
特にアンドレアスさんがくれた数々の“行動”は、
いまも胸に残っている。
「言葉よりも行動で示す」
その姿勢はまさに、サッカーの試合そのものだった。
だから今も時々、思うことがある。
「いまの自分でも、このクラブの力になれることはあるのかな」って。
そんな思いがあるからこそ、
“中途半端なままではいたくない”という気持ちも、どこかにある。
身体も、語学も。
もう少し整えば、また違う関わり方ができるかもしれないし、
自分なりに何かしら力になれる場面があるかもしれない。
今でも、毎年のようにドイツを訪れて、
サッカーを一緒に楽しんだり、
連絡をとって関係をつなぎ続けたりしている。
切れない縁というのは、本当にある。
だから、すべてが良いタイミングで噛み合って、
お互いにとって意味のある形で、また関わり合えたら――。
そんなふうに、いまは思ってる。
【あとがき】
今は日本で、サッカーの個人レッスンや、ドイツへの留学サポート、
そして自分自身の新しい挑戦を続けています。
でも、そのベースにあるのは、
あのとき遠くドイツの小さな街で出会った人たちの存在。
あの頃から続くご縁が、
いまの僕の活動の土台であり、原動力になっています。