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はちみつ

甘くてhappyな毎日を**

【おいつめられる】
人工受精三回したがダメだった。五回以上はあまりのびしろがないそう。まさか三回してもダメだとは考えてなかった。不安がおそってくる。精神的においつめられる。ふと看護婦さんの言葉が浮かんだ。「体外受精した方が意外と早くできるわよ~」という話。体外受精にすごい壁があったが、受けてみたいと思いはじめていた。四回目の人工受精は受けるつもりだったが、直前の受診でタイミングを逃しできなくなった。このことでわたしの中でぷつんと糸が切れた。もう四回目はやめると伝え、体外受精にすすみたいと伝えた。優しい先生は、10回でもする人はいると言ってくれたが、もうわたしはしんどかった。帰り道、はじめて声をころして泣いた。

【説明会】
体外受精にすすむにあたり、まずは説明会に参加した。夫に休んでもらってまではと思って、一人で参加したが意外に難しい話で、とても重要な話で、話の重さを感じ、もう一度夫と一緒に説明会に参加させてもらった。夏がはじまる頃に決断し説明会を受けたが、本格的に採卵にとりかかったのはもう夏の終わり頃だった。

【いよいよ】
生理を1周期見送り、いよいよ採卵に向けて内服がはじまった。プラノバールという薬の副作用がきつくて、ムカムカして苦しめられた。2週間くらいだったか、毎日注射にも通った。ちょうど祖母の入院とも時期が重なったが、祖母も頑張っていて勇気をもらいながらわたしも挑んだ。いよいよ最後の注射は、夜の10時に打ちに行った。時間外は、産科の別館で対応してくれた。看護師さんがとっても優しくかんじた。不思議とわたしもここで産みたいと感じた。
【未知の世界に】
自然妊娠は難しいと告知があり、先生は人工受精を提案してくれた。まさか自分達が踏み込むと思っていなかった世界。色々調べながらも、希望が見えて、久しぶりにわくわくした。長い間もやもやしていたものがとれた気がした。ちょうどこの頃、「隣の家は青い」というドラマをしていて、自分達よりも展開がすすんでいたが、勉強になると見ていた。

【初めての人工受精】
初めての受精受精の日のことを今でもよく覚えている。春でちょうど桜が咲く時期だった。人工受精した後、出勤し、職場の敷地内の歩きながら木を見て、子どもができたら「さくらちゃん」ってつけようって思った。春の陽気とともにとてもウキウキした。そして翌日からもともと予定していた長期の休みで旅行にでかけたのだった。

【葛藤】
治療の話を親に話すことについてとても悩んだ。わたしは話したかった。でも夫は、逆。話さなくていいと言う。生まれてきた子がかわいそうだと訴える。このことでは、治療しながらも何ヵ月も悩んだ。
【不妊の定義】
自分を信じ、妊活にいいと聞くことをあらゆる試し、自己流だけど毎月タイミングをとり続けた。でもときには不安になり、不妊の定義を調べたりした。昔は二年だったが、最近だと半年、一年以上妊娠しなかったら立派な不妊なのだと。

【切実】
通院をやめて一年がたつ頃、やっぱりこのままじゃだめだと思い、以前勝手に通院をやめた病院に再度連絡し、また通いたいと希望した。失礼だとは分かっていたが、通えるところはここしかなかった。診察の前に相談員の看護婦さんに話を聞いてもらって、また通院をはじめることになった。

【再スタート】
通院を再開したわけだが、まず、夫の検査ができてないことを指摘された。ここで通院させてもらうにな、もうここはさけて通れないと思い、夫に正直に説明し検査に協力してもらった。するとまさかの展開が起こる。精子の点数が基準より低かったのだ。このままでは自然妊娠は難しいと院長先生にはっきり言われた。いくら健康でも、体格がよくてもマッチョでも、これは関係ないのだと。

【ショック】
わたしも衝撃を受けたが、わたし以上に夫が衝撃を受けたと思う。ごめんとも悲しいとも何も言わないが、明らかにいつもと違う夫。何も言ってくれないことが余計に心配だった。何を考えているのか、夫なのに分からなかった。衝撃の告知の翌日から、夫は二泊三日の社員旅行だったため、こんなときに離れ離れになることが余計に不安にさせた。帰ってきたら、別れようって言われたらどうしようとかまで考えた。

【冷静】
帰ってきた夫は、旅行中、マッサージに言ったと話した。普段、マッサージにお金をかけるなんて絶対しないタイプなのに、よほど弱ってたのか動揺してたのかなと思い、かわいそうだった。でも別れようだなんて話は全く出なかった。言われたらどうしようと思っていたが、言われなくてとてもほっとした。そして、赤ちゃんできなくてもこの人とこの先ずっと一緒にいたいって思った。