こんにちは
仏教徒である私は教えのお陰様でご先祖様方へ向けて毎日、朝と夜に読経供養をさせていただいています。
ちなみに

「お釈迦様は先祖供養をしなさいと説いていない」
と言われる方も多いと思いますが、ここでは説明を省かせていただきます
ご先祖様、というと何だかスピリチュアル的な印象であまりピンとこないのですが

両親がいなければ、そして祖父母がいなければ私はここに生きて今という瞬間を迎えられていません。
そして更に祖父母の両親、そのまた両親と遡っていくと限りない数の方が命を繋いでくださり、今生きている私達はその繋いでくださった命の最先端を走っていることになります。
そのように辿っていくと、世界中の命は皆親戚になる、などよく耳にしますね。
私は
と教わっているお陰様で毎日読経供養をさせてはいただいていますが、
実際のところそれがどのような結果になるのか、
「ご先祖様に感謝を」
と言われてもあまりに幻想的で具体的には理解できていませんでした。
そんな時、ある方の法話を聞かせていただく機会がありました…
その内容は
「広い意味で言うと、
家族と仲良くし、調和のとれた生き方、人様の為になるような生き方をする
そのような生き方をする事も先祖供養になると言えるでしょう。」
とのこと

この時点では
うーん

と今一よく分からず

そして、
「ご先祖様への感謝が本当に深まれば自己を見つめ直し、人様の役に立てるように生きたい、生きようと思わずにはいられません。」
と…
ここで私は少しだけ気付くことができましたI
実は3年前、私の母親は病を患い59歳という若さでこの世を去りました。
その時は本当にショックであまりにも早すぎる母との別れにずっと後悔の念ばかり抱いていました。
「まだ親孝行など何もしてあげられていない、なぜもっと優しくできなかったのか。」
と、いくら悔やんでも悔やみきれない思いでした。
しかし、母が私という命を誕生させ
必死にここまで育ててくれた
その証だけは残したい
と思いました。
母が育ててくれた私のこの命を使って私はきっと人様の役に立つように生きよう
自分と関わる人達が笑顔になってくれるような人間になろう
それが今母に対してできる唯一の親孝行だ。
そう思いました。
「人様の役に立つような生き方をすることも先祖供養、ご先祖様に本当に感謝させていただくとそう思わずにはいられない」
というお話を聞かせてもらい
先祖供養とはそういうことなんだな
と気付かせていただきました。
読経供養を毎日しているからばっちりI
なんてことは大間違いでI
読経供養をさせていただく中で
ご先祖様への本当の感謝ができる自分にならせていただく
そうすると私が母を亡くした時のような思いをご先祖様へ向けられるようになれるんだなと気付かせていただきました。
先祖供養をする

ご先祖様に感謝できる自分になれる

人様の役に立つような生き方をしなければ、と思わずにはいられない心が沸き起こる

これこそが先祖供養の本当の功徳なんだなと感激いたしました。
私の場合、一番近い先祖である母との別れによって
母の生きた人生を無駄にしたくない
というような思いから
「人様の役に立てる自分になりたい」
と思いましたが、母に対するその思いを同じように更に先のご先祖様方へも向けられるようになったら
「人様の役に立ちたい」
という思いは大きく倍増して奮い立つくらいになるのでしょI。
そうなっていけるこIが
先祖供養によって得られる最高の功徳

なのだと思います。
自分にできることからこつこつと
人様の役に立つ
大それたことじゃなくてもいい
周りにいる人達、自分と関わる人達
まずはその方々が笑顔で過ごせるよう
そんな関わりをしていける自分になっていきたいと思います。
ありがとうございましたI
日々の生活にお釈迦様のお智恵を…
( ̄人 ̄)合掌・・・