こんにちは
ありがとう
ありがたい
と感謝をしながら暮らしていけることは
とても素晴らしいことだと思います。
ありがとう
ありがたい
は漢字にすると
「有難う、有り難い」
と書くように
有ることが難い
ということになります。
今、ここに当たり前に有るものが実は
「難いこと」
なんだと気付いた時、心の底から有り難いなあ、と感謝せずにはいられなくなります。
先日、元プロレスラーでタレントの北斗晶さんが乳ガンの為に手術をされました。
私は日頃から北斗さんのブログを拝読させていただいていましたが、乳ガンのことをブログで知ったときには本当にショックで自分の身内のことのように落ち込みました。
「なぜあんなにいい方が突然ガンになるんだ」
などと悲しんでおりました。
手術の後、北斗さんはすぐにブログを更新されていますが、その中で
「今日もご飯を食べられることに感謝しなきゃ」
「癌になってから、全てのことにより一層感謝することができるようになってね」
と書かれています。
本当にそうだな
と心がふるえました。
私は信仰をいただきながらも
無いもの、足りないものばかりを数えて不平不満を募らせていました。
今日という日をむかえられたこと、
ご飯を食べらるということ、
仕事をさせてもらえていること、
当たり前すぎて考えもしないことが本当は
「有ることが難い」
ことなのだなと気付かせていただけました。
明日が来るのが当たり前じゃない、
病気になってみて初めて気付くことが出来ること、
死という期限がある人生だからこそ、一生懸命に生きられること、
自分にとってマイナスだと思っていることも実は全部が有り難い、感謝すべきこと、そう思えた時に真の安穏をえられるんだなと思いました。
心から全てのことを有り難いと感謝できれば、この世界はがらっと変化します。
環境が、周りが変わるのではなく、
自分の捉え方が変わるとそれまで苦と感じていたことも全部有り難いと感謝しながら生きていけるのです。
仏教の真髄はそこにあると思います。
「この世の中は苦で満ちている」
とお釈迦様はおっしゃっています。
苦とは
自分の思い通りにならないこと
ですので自分にとって都合のよい物事の捉え方をしているうちはいつまでたっても苦は消滅しません。
お経を唱えたり念じたりして魔法のように苦を消すのではなくて
その苦に左右されない心
になっていけるようにとお釈迦様は願っておられます。
私は日頃、自分にとって都合のよい捉え方をしてしまいますので、不平不満ばかりが心に溢れ、また、病気になったとしたらきっと嘆いてしまうし全てを有り難いなんてなかなか思うことができないですが
正しいものの捉え方
を心がけて
本当は全てが有り難いこと

と気付くことができるよう日々精進していきたいと思います
日々の生活にお釈迦様のお智恵を

