みなさんこんにちはニコニコ

 

そういや、僕の自己紹介をしていなかったと思い改めてお話したいと思います。立ち上がる

 

僕は兵庫県明石市出身です。産まれつき病弱で生後間もないころに、心臓に穴が開いてると診断された為、

 

緊急手術。当然のことがら、当時の記憶は全くありませんが、後々母から聞くと、『あんた、大変やってんでー!』

 

と聞かされました。病名は『心室中隔欠損』と言う病名だそうです。それから、兵庫県立こども病院にて入院。

 

約1年程?時が経ち、また体が悪くなり、次は左腰です。病名は『ランゲルハンス細胞組織球症』と言う病名です。

 

それからまた、1年程入院しました。左腰のときは、心臓よりなぜか負担が重く、入院、退院後も車イス生活でした。

 

腰の入院中では、同じ病室で一緒だった『岩崎なつみちゃん』ってこと仲良くして頂いた思い出あります。

 

その子は一つ下の学年の女の子で、入院中はトランプをしたりしてずっと遊んでいました。

 

今でも当時の記憶は覚えてます。

 

そんな中、僕が先に退院して間もない頃に、自宅に一本の電話がありました。

 

相手はなつみちゃんのお母さんからでした。『亡くなりましたと・・・』本当ショックでした。

 

生きていれば、今頃28歳です。

 

父からも言われました。『あきひろが頑張って生きよう』って。

 

なんか、不思議ですね。昔の記憶って忘れがちだと思いますが、覚えているもんなんですね(笑)

 

時が経ち、小学校2年生で神戸市引っ越し、転校する。

 

転校先の小学校ではもちろん、体育の授業は禁止されている為、なかよし学級(特別支援学級)で小6まで授業を受けていました。

 

小学校卒業後、中学に入学。ここから悲劇なんです。

 

ここでも、同じく特別支援学級で授業を受け、たまに普通学級へ授業をするシステム。

 

で・す・が・

 

クラスへ上がると、僕の机には『ゴミ』が2日に一回は入ってました。

 

僕は朝教室を入る度、机の中をチャックしてました。

 

もし入っていれば、捨てるか、だいたいするやつわかっていたので、その子の机の中に入れるとか(笑)

 

や・り・か・え・し。です。(笑)

 

本当は親とか先生に言えばよかったんですが、誰にも相談できず、そのまま卒業しました。

 

それから、高校へ入学。高校時代はそれなりに楽しく学校生活を送ることができました。

 

高校卒業後、ホテルのバイトを2年間勤務し、福祉の仕事に就きました。

 

福祉の仕事をしている最中、何かやりたい!と思い、まずはボランティアとしていましたが、物足りずいろいろ調べてました。

 

そんな中、いろいろしている最中に今回、病が襲った『双極性感情障害』でした。

 

また、入院することに・・・。

 

今回の入院は悲劇でした。(笑)

 

看護師、主治医に口うるさく何回もいろいろ言っていました。

 

しかし、この入院はある意味正解、むしろ、双極性感情障害になった自分にありがとうと言いたいです。

 

今まで、いろんなことに挑戦してましたが双極性感情障害になったからこそ、できることがあります。

 

一つ目、自分の弱さを見つけたこと。二つ目は、やりたいことなど一つに絞れること。とかです。

 

ある意味、人生を変えてくれた病気です★

 

今日はそんな感じです★ニコニコ