息子が消えてしまった日…
そのことを考えると、頭痛、目眩、動悸がします。
あの日のことを書いてどうなるのか、どうしたいのか自分でも分かりませんが、でも1人で抱え続けるのが辛くて、苦しくて、、
息子への謝罪を込めて書きます。
…
あの日は、人生で最も長い日だったかも知れません。
海
我が家では毎年恒例の行事でした。
防波堤に一部囲まれた砂浜のある海へ遊びに行きました。毎年来ている、慣れている場所。
午前はほとんど海には入らず、岩場でカニ取りなどして遊びました。
午後はお昼を食べた後、息子が空気ボートで遊びたがり、一緒に空気を入れました。
少し肌寒くて、あまり乗り気ではありませんでしたが、せっかく来たから、もったいないから、という息子の気持ちを汲んで、止めませんでした。
海の怖さを全く分かっていませんでした。情けないほど無知でした。後悔しても何も変わりませんが、それ以来、自分を責め続けています。
あの時、どうして止めなかったのか、、と。
息子は空気ボートもって海へ。
やっぱり、水に濡れるとすこし寒い。
でも、息子はいつものように空気ボートに乗って遊びました。安心していました。
去年と同じだから、いつもと同じだから、何も変わらない、、そのはずでした。
悲劇は突然起きました。
息子に何が起きたのか…?
瞬間は見ていませんが、気づいた時はボートから離されていました。空気ボートに夢中だったのか、少し沖へ流されていました。
海面でバタバタしている姿がみえました。
溺れている…?
息子が見えなくなりました。
身体に衝撃が走りました。背筋がゾクっとして、血の気が引くような感覚でした。
息子の名前を叫び、走りました。無心で走りました。水辺、水中、息子の方へ…
でも、私の視界が突然暗くなりました。
海の中でした。
途中から水深が急に深くなっていました。潮が満ちていたのか、波のせいか、体が沈んでいました。
早く息子の所にいかないといけないのに息ができませんでした。パニックでした。
体が思うように動きませんでした。
運動不足なのか、疲労なのか、年齢なのか…
海面に一瞬息子の顔が見えました。
その後、すぐに見えなくなりました。
何とか泳ごうとしましたが全然ダメで、前に進まず、沈みそうになるだけでした。
その時、もう一度息子の姿が見えました。
大声で何か叫んだのが分かりました。
はっきりとは聞き取れませんでしたが、、
「パパぁ」って叫んだように聞こえました…
息子の所へいきたいのに、体が言うことを聞いてくれない。
どうして…
それが、、最後の息子の姿でした。
そのあとは息子の姿を見ることはありませんでした。
海の中へ消えてしまって、何処にいるのかわからなくなってしまいました。私は何もできませんでした。岸へ戻るしかありませんでした…頭と体がフラフラでした。
近くの人が駆けつけてくれて、浮き輪で海へ探しに行ってくれました。嫁さんが119通報しました。
時間だけが刻々と過ぎました。
どのくらい時間が経ったのか、暫くして、救急?レスキュー隊?が到着しました。
捜索開始
頭の中は真っ白でした。
現実なのか、夢なのか…何が起きているのか…
頭は追いつかず、ただただ、息子が消えた海の方を見て呆然とするしかできませんでした。
私は何度か水を飲んでしまったようで、激しい頭痛、目眩、体がマヒしたような感覚、嘔吐。力が入らず、立てず、視界が霞み、周りの声を僅かに耳にしながら、救急搬送されました。
救急車か病院で検査されましたが、あまり記憶がありません。その時は警察から連絡がないことが気がかりで、焦り、イラだち、不安だけありました。
もうダメなのか…頭をよぎりました。
それでも願うしかありませんでした。
見つかって欲しい、生きていて欲しい…と。
おそらく、3時間くらいは経っていたでしょうか。ようやく警察から連絡がありました。
捜索中断
耳を疑うような無情な連絡でした。
僅かな願い、望みが途絶えた瞬間でした。
すでに陽が落ちていました。
明日を待つしかない、、それしかない、と。
取り返しのつかない過ち、自分への怒り、憎しみ、後悔だけが残り、それからずっと自分を責め続けています。
自分の無知さ、無力さに。
この世から消えてしまいたかった…
今までこんなに海が憎いと思ったことはありませんでした。こんなに自分が憎いと思ったことはありませんでした。
…
その日は、病院の方が取ってくれた近くのホテルに泊まることになりました。
窓の外に海がみえました。
海は何もなかったかのように、、
その時は耳に入ってくる波の音が嫌で嫌でたまりませんでした。暗闇がものすごく怖くて、重くて、押し潰されそうでした。
夜が明けるのを待つ…それしかなく、
長い夜を過ごすしかありませんでした。
息子へ
苦しかったよね?
冷たかったよね?
寒かったよね?
寂しかったよね?
助けてあげられなくて、ごめんなさい……
