あの日のことを書くのは、これで最後にしようと思います。
決して忘れられないこと。
忘れてはいけないこと。
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あの日、行方不明になった息子が発見されたのは翌日でした。
翌朝、午前7時頃から捜索活動を再開してくれました。救助ダイバーの方が水中に潜って捜索してくれました。
私は前日に救急搬送され、そのままホテルで待機でした。連絡を待つしかありませんでした。
あれから一晩過ぎているため、
もう助からないのは分かっていました…
この時は悲しみというよりも、頭と身体がフワフワした感じでした。今起きていることを理解できずに…
連絡がなく、落ち着かない状態でした。
もしかしたら、見つからないのでは…?
そんなことも頭をよぎりました。
見つからなかったらどうなるのか?
ずっと彷徨うのか?
それは、あまりにも酷すぎる…
せめて…身体だけは見つかって欲しい
そう願っていました。
ようやく連絡がありました。電話の向こうは刑事さんでした。午前8時15分頃、最後に見失った辺りから少し沖へいった所で発見された、とのことでした。
息子が見つかったことに対する安堵、悔しさ、哀しさ、複雑な感情が押し寄せて、泣きながら話を聞きました。
息子と再会したのは警察署でした。
裏側のそれほど広くはなく、鉄の扉がついてる部屋、遺体安置室。
刑事さんに案内されて、そこへ向かいました。救急車のタンカのようなベッドに白い布が掛けられている息子がいました。
私なりに覚悟してたつもりでした。
顔に掛けられている布を取ってもらい、息子の顔を見た瞬間、思わず悲鳴をあげてました。
全身の毛がよだつような感覚、身体中の血が凍るようなような感覚、そして一気に脱力するような感覚でした。
一気に心が崩壊して、泣き崩れました。
変わり果てた姿、ピクリとも動かない身体。
痛々しい傷跡。
どうしてこんなことに…
名前を叫んでも返事をしてくれません。
私は、ただ泣き叫ぶしかできませんでした。
目の前の有り得ない光景、取り返しのつかない過ち、責任、後悔が頭の中を埋め尽くし、気が狂いそうでした。目眩と息苦しさで立っていられませんでした。
あの時、声をかけていれば、命を落とさずに済んだはず…
たった一言あれば…こんなことにはならなかったはず…
罪の意識が一層芽生えました。
一生消えることのない罪。
なぜ私は生きているのだろう…?
なぜ私は息をしているのだろう…?
息子と同じように苦しんで死ぬこともできたのに、それもできなかった…なぜ?
自分を殺して欲しかった。
かけがえのない大切な命を奪ってしまったのだから…
未来、希望のある輝き消してしまったのだから…
しばらくは何もできませんでした。
そして、自然と口にしてました。
息子を帰してあげたい…
いつもの場所へ…お家に帰してあげたい…
ですが、すぐには帰れませんでした。
検死や検案書の作成に時間がかかるため、1日〜1日半くらい待たなくてはいけませんでした。
結局、もう一泊することになり
再び警察署へ行きました。
刑事さんが話をしてくれました。
「息子さんは、間もなく意識を失われ、長く苦しむことなかったでしょう…」と。
どっと涙が溢れました。
こんな苦しい思いをさせてしまった私には、せめてもの救いでした…
息子は葬儀屋に搬送してもらい、
最後にお礼を言って、その場をあとにしました。
ごめんなさい…
謝っても謝りきれない、もう元には戻らない
こんな私は赦されるのか……