私のプチれきしpart1 http://ameblo.jp/akimonk/entry-12055304430.html

私のプチれきしpart2 http://ameblo.jp/akimonk/entry-12068464411.html 

私のプチれきしpart3 http://ameblo.jp/akimonk/entry-12087220358.html

私のプチれきしpart4 http://ameblo.jp/akimonk/entry-12183887649.html

に続いてのpart5です。

最後の投稿から随分と時間が

経ってしまいました・・・

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灼熱の太陽、青い空

エメラルドグリーンの海

白いサンゴ礁。

 

透き通る海の中に広がる

鮮やかな色彩の世界、

褐色肌の人々の爽やかな笑顔。

 

私が滞在したのは、

フィジー諸島のNandiという都市から

更に小さな飛行機で辿りつく

Savusavuという村。

 

総じて眩しい場所でした。

笹島家の子供達を連れて

毎日海やブールに遊びに行きました。

 

個人の船で生活しながら

旅をしている人々や

 

村へ半移住してるような

外国人も結構いて、

そういう人達との交流もありました。

 

ミュージシャンとしての活動は

電子ピアノを使ってカフェで

演奏したくらいで

ほぼ何も成し遂げていませんでした。

 

土着的な魅力に触れ

子供達と過ごす事に従事してました。

 

楽しい楽園生活の影では・・・

実は、自分のこの先の人生が

見えてない不安を抱えている状態でした。

 

自分の本当の行き方は何だろう。

そんな風に過ごして数ヶ月、

私の体内で良からぬ変化が起こってました。

 

幼少の頃から持っている

アトピー性皮膚炎が牙を剥いたのです。

 

おそらく、紫外線、食生活や

それなりのストレスが

徐々に私の体を蝕んでいたのでしょう。

 

皮膚の痒みが徐々に現れ

どんどん酷くなり、引っ掻き傷から

何かが感染したかのように発疹し

それが身体中へ広がって行きました。

 

膿が出来て異臭を放っていました。

発熱があり意識が朦朧としました。

痛く痒く辛い日々でした。

 

あえなく帰国する事になり、

身体中布を巻いて小型機でNandiへ。

Nandiのホテルで一泊。

 

シンドさと不安に見舞われつつ

天井を見つめながら

ただ時間が過ぎるのを待っていました。

 

翌日の飛行場。

私の姿を見て心配をしてくれた

受付の女性に事情を説明すると、

 

本来なら高くつく荷物の送料を

「It’s OK」と無料にしてくれました。

楽園フィジー編、終了。

 

笹島夫妻には大変お世話になりました。

こんな私に貴重な機会を与えてくださり

感謝しても仕切れません。

 

当時は、とにかくチャンスがあるうちに

出来ることをしておきたいという気持ちが

優っていました。

 

日本という場所に帰って

現実と向き合い生きていく覚悟が

出来ていませんでした。

 

ミュージシャンとして生きていくという

発想や覚悟もなかった。

 

ある型にハマってしまったら

雁字搦めになって苦しむ気がして

それをともかく回避したくて

何かを求め探していたように思います。

 

しかし逃げているだけでは

何の解決にもならない。

 

自分の問題に立ち向かわなければ

キツいメッセージが色々な形で

何度でも自分に降りかかってきます。

 

自己を探求するという

本当の意味での旅は、

これから始まるのでした。