数え切れないくらいに
ありました。
誰かの言葉、
誰かの行い、
何かの出来事に対して
「あれっ!?」と感じる
違和感が...。
違和感が
時には
怒りだったり、
悲しみだったりしたことも
ありました。
しかし
“よく分からない”違和感も
数え切れないくらいにありました。
私は
「あれっ!?」と
思ったとき...
その瞬間
絶対に
相手に対して
何かしらの言葉を
伝えることは
しませんでした。
その時に
怒りだったり
悲しみだったりしたとしても、
【今
ここで
こんな体験をしているのは
絶対に
学ぶべき何かがある】
そう想い、
煮えたぎる怒りや
溢れ出る悲しみを
絶対に
言葉にして
目の前の相手に対して
伝えることはしませんでした。
例えば、
「あなたは傲慢です。」
「あなたはみたいな人
先生辞めて良かったのよ。」
「あなたは井の中の蛙ね。」
他にも
色々ありましたが、
そんな風に
言われたとしても、
私は
“自分自身を追究する”と
決めた以上は、
絶対に
自分の言葉によって
周りの誰かを傷つけることを
よしとはしませんでした。
なぜならば、
私は
既に
私の暴言によって
夫を傷つけ
両親を傷つけ、
子ども達でさえも傷つけ、
私自身が
苦しみのドン底を
味わっていたからです。
もう2度と
同じ事はしない、と
私は
“自分を知ること”を
追究すると
決めた以上は、
それを守っていくとしました。
結論から言うと...
「あれっ!?」と感じた
誰かの言葉
誰かの行い、
何かの出来事は
それから
時間が流れ
様々な経験や体験を経る中で
間違いなく
自分自身が学ぶ上で
必要として起こったことだった、と
言うことでした。
「あなたは傲慢です。」
確かに
傲慢でした。
何も知らなかったからこそ
傲慢だったことも
自分自身を追究すればするほど
身につまされました。
「あなたはみたいな人
先生辞めて良かったのよ。」
本当にその通りです。
何も知らず
自分自身を追究しなかった私が
純真無垢な子ども達に
一体
何を教えることができたのでしょうか。
「あなたは井の中の蛙ね。」
これは諺の一部です。
これには続きがあります。
~井の中の蛙 大海を知らず、
されど空の青きを知る~
この言葉のお陰で、
私は
徹底して
自分自身を見つめ、
井の中の蛙だった私が
暗い暗い底から
空を見つめ
空を想い
空を観じ
やがて
空は拡がり
空が海と繫がっていたことを
知りました。
空の青は
蒼
碧となって
その色は
海の色となっていました。
この“碧”には
実は
別の深い意味もありました。
それに気付けたことは
私にとって
あり得ないほどの
素晴らしい贈り物になりました。
この時に
思いました。
一時の感情によって
怒りや悲しみなどを
言葉や文字で
表現しなくて良かった、と。
「あれっ!?」の違和感は
周りの誰かや何かではなく
自分自身と向き合う
大切なチャンスです。
そう思えるようになってから、
私の中では
嫌なことや
辛いことや
悲しいこと
嫌いな人は
消え去っていったのでした。
全ては
私にとって
学びゆく中で
大切な人、なのです。
熊本県合志市野々島
なぎの木整体
MOE