人が
生きていくのに
【衣食住】が必要だと
小さいときから
聞いていました。
大学くらいのときに
“衣食住は、
なぜ
①衣②食③住の順番で
表記されているんだろう”と
ず~っと
疑問でした。
「着るものより
食べるもののほうが
生きていくのには
優先順位が
高いだろうに...」
そう思っていました。
熊本地震に遭ったときも
衣類より
まずは
水と食糧の確保が
求められたことを
実際に体験したので
①衣②食③住ではなく
①食②衣③住じゃないのか、と
思う理由にもなりました。
ところが
私が
【自分自身を知ること】を
追究していくうちに
衣食住は
単に
着るもの(服)
食べ物
屋根のある住宅では無くて
実は
①肉体という衣装
②愛の法則・慈悲の法則という
心の栄養 という食糧
③この地球という住居
であるということを
初めて知りました。
そして
衣食住の順番が
なるほど
その通りであることに
納得したのです。
①衣
この肉体という衣装がなければ
私たちは
この世界で
様々な体験を経験することは
できません。
体験するからこそ
失敗も成功も
ありとあらゆることが
自分自身の実感として
気付き学びゆくことが
可能になります。
そして
②食も
単なる
ご飯や味噌汁などの
食糧であるならば
時間が経てば
お腹空きますが
愛の法則・慈悲の法則という
心の栄養を感じられるならば
お腹が減ることは
絶対にありません。
“お腹が減る” とは
「愛して下さい」
「認めて下さい」
「傍にいて下さい」
「下さい、下さい」
「たくさんお金下さい」
「高級車下さい」
「欲しい、欲しい.....」
という
尽きることのない
心の欲による
欠乏感を
指します。
③住も
この地球という
すみかで有り
個人的な小さな小さな
家では無く
地球上の全てであることが
ハッキリ
実感として
納得できました。
地球上の全てが
住処だと感じるなら
心地よく
住めるように
毎日毎日
掃除をするのは
“普通”ではないでしょうか。
ポイ捨てなんて
しようと思いません。
自分の住居だから。
誰かを傷つけません。
住居だから。
“掃除をする”とは
自分自身の心の内側を
徹底して
磨き抜くことです。
他者をどうこうする時間は
1秒もありません。
不平不満・愚痴・泣き言いう
時間こそ
何より無駄な時間であり
モッタイナイことです。
不平不満・愚痴・泣き言言うならば
その想いを持つ
自分自身を改善していくことを
日々積み重ねていくならば
地球という住居は
どんどん綺麗になっていくと
私は
そう感じています。
熊本県合志市野々島
なぎの木整体
MOE